漢詩作成に興味のある方へ 漢詩を作るとはどんな作業か

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 漢詩を作るということについて、独学自習するにせよ、誰か先達の指導を仰ぐにせよ、これを始めてみたいという人のために、予め了解しておいた方が恐らく無難であろうということをこの場を借りて簡単に述べておきたいと思います。
 漢詩作りに関して、誤ったイメージを抱いたまま始めると、長続きしない向きも出てくるのではないかと考えます。誤解のない状態で漢詩の作成に挑戦していただきたいと考える次第です。話としてはそれほど難しい内容ではありませんが、初心者の方が実践するのは存外難しいことかもしれません。
 なお、ここで述べる「漢詩」は、今の日本で一般に普及している平水韻という古典的韻目(現代中国語の声調に基づく分類とは異なる)に基づいて作られる韻文を指します。従って、現代中国語詩(注1)を作ってみたいという方には、以下で述べることは必ずしも適切なアドバイスとはならないことをお断りしておきます。例えて言えば、「現代短歌ではなく、(古典に出てくるような)和歌を作ってくれ」と人から頼まれて勉強しなくてはならなくなったようなものとお考え下さい。

 誤解している向きがなければ幸いですが、漢詩を作るに当たって、自由に漢語を造語(熟語や言い回しなど)していいわけではありません。一般に、漢詩文を作る時に日本人にしか通用しない語彙を使用することは回避すべきとされますが、それを別にしても、詩にふさわしい表現が好ましいことは言うまでもありません。古人の作品群において散文的な調子の詩もありますが、漢詩の言い回しが漢文とは微妙に異なるところがあることは多く読み比べてみれば分かると思います。
 ネイティブ並みに中国語に堪能だという人であっても、恣意的に作った語を用いて作詩すれば恐らくいい詩とは見做されないでしょう(注2)。従って、作詩用の詩語集やお手本となる先人の作品を座右に備えておく必要があります。これは作り慣れてくれば不要となるといったものではありませんので、ある程度書籍代はかかるでしょう。むしろ上達するにつれ本が増えてくるかもしれません。即興で漢詩を作れるという達人も、結局はそういった詩語集や先人の作品(の語彙)を頭に叩き込んでいるわけです。
 多くの先人の作品に目を通し、詩独特の表現やリズムを掴んだ上で作詩に臨めば上達も早いでしょう。あるいは、既存の詩語集から自分の言いたいことを表している言葉を選ぼうとしても、それに近い表現すら見つからないかもしれません。そういう時のため、先人の詩から語彙を抜き取った自分用の詩語集を作っていくのも必要になってくるかもしれません。ただ、初心者は詩語集から言葉を拾いやすい花鳥風月に関する兼題で作詩に慣れていくのが無難な道だと思います。
 また、自分の言いたいことが、漢文より簡潔に纏める必要がある漢詩にするにふさわしい内容かどうかといったことも事前によく考えて下さい。今の日本では、漢詩を作る人はいても漢文を綴る人はそれよりずっと少ないと思います。色々と細かく説明をしたいのであれば、それは韻文ではなく散文として叙述すべきかもしれません。
 状況説明的な表現のみではいい詩になりません(注3)。逆にストレートな心情の吐露を示す言葉だけ並べても恐らく巧みな詩にはならないでしょう。この辺は一言で説明するのは難しいのですが、言葉の配置に関して全体のバランス(一本調子にしない)が重要だという風に考えて下さい。
 その他、漢文法の基礎知識も必要ですが、この点は高校・大学入試向けの漢文解説書の内容で十分対処できます(ご要望があれば当方が提供している漢詩作成指導のサービスでも併せて解説いたします)。独特の倒装(倒置法)など詩には漢文の語順とは異なる修辞も時に生じますが、基礎を踏まえていればたいした問題ではありません。関連書籍を読む上でも訓読法や返り点の知識を覚えておいて損はありません。

 作詩法について説明している入門書に、しばしば「漢詩は誰でも作れる」云々と最初に記されていることがあります。私はこういった惹句を好まないのですが、「誰でも」というのが学歴や中国語が堪能といった条件と無関係という意味ならばその通りです。しかし、全く勉強せずに気楽に誰でも作れるという意味では勿論ありません。漢詩作成には多読多作がよしとされますので、読書嫌いあるいは書籍代にあまり費用を割けないという方には向いていないでしょう(それでも色々と器具類を必要とする趣味よりは低コストだと思いますが)。少し齧ってみるのは構いませんが、自分には向いていないと判断したら三日坊主の誹りを恐れずに潔く諦めた方がいいと思います。

  注
1:これには現代中国語の四声に基づいた韻目に依拠して作るものの他、押韻を必要としない現代詩もあります。無論、古典詩(日本で言うところの漢詩)においては押韻は必須です。平仄を始めとする細かい作詩規則がある近体詩(絶句や律詩)は言うに及ばず、規則が緩い古詩(古体詩)にあっても韻を踏むことは不可欠です。

2:中国人が作った詩は原則として和臭がないわけですが(ただ現代中国語に取り入れられている日本語はあります)、そのこととその詩の巧拙は別次元の事柄です。

3:先人の作品には、単に自然風景を描写しただけに過ぎないようなものが散見します。これは唐以前と以後といったような時代ごとの詩観の相違もありますが、基本的にはある種の動植物について述べることが、実は自らの心情の象徴的表現であったり世相への思いに繋がるといったような古典詩における約束事の存在を前提に読解する必要があります。初心者には花鳥風月を詠うことが推奨される所以です。

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