人生は公平にできてるとかよく言いますよね?
人の苦労の数はみんな同じとか。
で、そうじゃないよって人もいる。
私にはどれが正解だかはわかりませんが
わからないからこそ、他人様の苦労をしたとかしないとか
軽々しく言ってはいけない事じゃないのかなーと思います。
双子が赤ちゃんの頃、体力的・精神的・経済的にも
ボロボロ、限界の状態でした。
誰も持っていないような、ぼろーい双子用のベビーカーで息も絶え絶え歩いているのに、
双子というだけで目立ってしまいやたらと声をかけられました。
そのほとんどは、ボロボロの私の気持ちを逆なでするものでした。
「こんな恰好じゃ寒いでしょーよ!」
「泣いてるじゃない!かわいそうに!」
「あーら!双子ちゃん!でも女の子でよかったわね」
「あーら!双子ちゃん!年子よりは楽よ!」
黄色いラインの言葉は特に私の心に突き刺さり
今思い出しても炎が出るほど怒りで煮えくり返るほど
私にとっては心無い言葉でした。
誰にもわからないんですよ。女の子だから楽?なんで?
女の子を育てるのはみんな楽?そんなことは100%あり得ません。
私は4人の子供と1人の孫を育てた経験上、女の子の方が大変な部分の方が多かったと感じます。
赤ちゃんだって人間です。大人だってそれぞれの性格、個性、健康状態があるように
赤ちゃんだってそれぞれの状況を持ち、しかもその子を育てる家庭環境、経済状況
さらにはお母さんの精神状況、健康状況、いろーんなパターンがあって
誰が大変とか誰がラクとか、いったい誰に言えるんでしょう。
その軽率な一言が、地獄の中でもがいている人間にとって
どんなに傷つき腹立たしい言葉になるか、だから、簡単に人の苦労など語ってはいけないと思うんです。
子供の頃の私は、恵まれた環境で育ててもらったと思います。
お嬢様とかではなかったけど、変な苦労や寂しさも経験しないで
子供らしく生活させてもらったと思っています。
でも、小学校高学年でいじめに合い、中学校に入ってからは
そんな自分が嫌で異常なくらいに変わる努力をしました。
高校に入ってから、徐々に苦労の多い人生をわざわざ進んでいった気がします。
本当にここでは言えない事も多いくらい、いらない苦労もしました。
でも、大人になったとき、何人かの人に「子供の頃に楽したんだから今苦労して当然」
みたいなことを言われ憤慨しました。
おかしいですよね?
その人たちは、子供の頃、自分では望んでいないのに苦労した。
だから、自分で頑張って苦労しない道を選んだ。だから今、自分が苦労していないのは当たり前で
私が苦労しているのは当たり前だと言うんです。
その時は酔っぱらっていて、悔しくてただ泣いて帰った覚えがありますが
次の日になっても悔しくてよーく考えてみたら
どう計算したって私の苦労時間の方が長い。
苦労が平等だというならおかしいじゃないか!!!!
と、バカみたいにずっとこの話を引きずっています。
生きていくのは大変。いろいろあります。こんなこと、あんなこと。
でも不幸自慢してどうするの?
人とくらべてどうする?
みんな大変なのは一緒。みんな必死で生きてる。
自分が大変だった経験があるなら、だまって手を差し伸べたらそれでいいじゃない。
そんな人間になれるように努力しています。