念願だった小さなカフェを開いて、半年。初めて迎える確定申告の季節に、オーナーの佐藤は頭を抱えていた。帳簿のつけ方も、経費の判断も、何もかもが手探りだ。「やっぱりプロにお願いしよう」。知人に紹介された、この道30年のベテラン、高橋税理士の事務所のドアを叩いた。
「先生、よろしくお願いします」。緊張しながら差し出した資料の束。高橋先生は、分厚い眼鏡の奥から鋭い視線を向け、パラパラと書類をめくる。
「ふむ、売上はまあまあ。で、経費ねぇ…これはちょっと、佐藤さん、常識的に考えて、個人的な支出でしょう」
「えっ、でも、これはお店で使う…」
「いやいや、税法上ね、これは事業関連性があるとは言い難いんですよ。まあ、初めてだと分からないのも無理ないけどね」
早口で繰り出される専門用語のシャワー。佐藤が「あの、すみません、今の…」と聞き返そうとすると、先生は話を遮るように続ける。
「とにかく、こっちはダメ。こっちは…まあ、ギリギリかな。ちゃんと領収書は全部ありますよね? 基本ですよ、基本」
言葉の端々に感じる、どこか見下したような響き。質問する隙を与えない、有無を言わせぬ雰囲気。佐藤は、聞きたいことの半分も聞けずに、ただ曖昧に頷くしかなかった。
帰り道、冷たい風が身にしみる。「プロだから厳しいのは当然かもしれない。でも…」。佐藤の胸には、期待とは違う、重たいものが澱のように溜まっていた。
「もっと、こう…寄り添うというか、分かりやすく説明してくれてもいいのにな…。『あなた、税理士でしょう? だったら、ちゃんと説明してよ!』って、叫びたかった…」。夕暮れの街に、佐藤の小さいため息が溶けていった。
(第2話へ続く)