突然の姉の訃報を聞いたのが、四日前。そして、姉の葬式が終わり、親戚縁者の客も引いて、いまは、姉の家には、私と、姪の真奈美しか居ない。
真奈美の父である義兄も、小用があると言って、出掛けている。
私は、応接間のソファに腰掛けて、時より、傍らで遊ぶ真奈美に目配せながらも、じっと窓を見つめていた。
窓の外は、雨。私は、窓に当たって流れる雨滴を、一滴、一滴、目で追いながら、姉の面影を惜しんでいた。ようやく、姉の家に、ひっそりとした日常が戻ってきた、いまになって、姉を亡くした悲しみが、より激しく、私の胸に迫ったきた。
だが、そんな私を気にも止めず、真奈美は、無邪気に、独りで遊んでいる。真奈美はまだ、五歳。母親の死を、まだ認識出来る年齢ではないのか、それとも、幼児なりに、そうした形で、回避しようとしているのか。私には判らないが、いずれにしろ、そういう真奈美の姿が、私には、悲しく見えた。私は、思わず、
「ママがいなくなって、さみしいね」
と、真奈美に言った。そう言って仕舞ってから、私は、後悔した。そして、もしかしたら泣き出すのでは。と不安に駆られた。
ところが、
「ママ、いるよ」
と、意外な真奈美の返事。私は、しげしけと明るい真奈美の表情を見つめた。ふと、私は、夕べ、在りし日の姉が映ったビデオを親族だけで見たことを思い出した。たぶん、真奈美は、あれを見て、まだ母親が、生きていると勘違いしているのだと、私は思った。
「そうだね」
と、私は、作り笑いをして、かわいく首を傾げながら、言った。
すると、真奈美は、
「だって、ママ、透明人間になったんだもん」
と、口を少し尖らせながら、私に言った。
「えっ、透明人間」
またも、真奈美の意外な言葉。だが、これには、さすがの私も驚いた。時折、子どもは大人の考えの及ばない言葉を発すると言うが、それにしてもあまりにも、突飛過ぎる言葉であった。だが、私は、驚きながらも、ふと、姉が、よく、ピンクレディの「透明人間」という曲を、鼻歌まじりで歌っていたことを思い出した。
「そうか」
と、私は呟いて、その言葉に、自分で頷いた。
姉は、私と違い、とても賢明な人であった。それゆえ、自分より、他人のことを、一番に気遣うやさしい面をもっていた。たぶん、死の直前になっても、自分が死んだ後の真奈美のことを、気遣っていたに違いない。だから、きっと、死の間際、姉は、枕元で真奈美に、そういう、でたらめなことを、言い残したのだろう。でたらめなことではあるが、真奈美にとっては、それ以上の支えになる言葉はない。
また、私の脳裏に、朗らかな姉の面影が甦り、涙で目が潤んだ。
突然、真奈美が、
「ママ」
と、誰のいないはずの隣の部屋に向かって、叫んだ。
すると、応接間のドアが自然に開いて、ジュースが入ったコップが二つ載ったお盆が、ふわふわと飛んできた。
それは、まるで、透明人間が運んで来たかのように。
完
《蛇足》
以前、ネット上で公開していた拙作オンライン小説で、芥川龍之介の作品をオマージュして創ったものです。