【他責はみっともない】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
心霊基準が上がることで
他責にすることに
みっともなさを感じるようになります。
誰かのせいで
何かのせいで
自分が被害者に
なっていることを
主張すればするほど
みっともなさを感じるのです。
現実的に
そうならざるを
得ないこともありますが
少なくても
他責にしなければ
思考を停止させないで
歩むことができます。
かといって
コントロールが
できなかったことを
自己責任にする必要はありません。
誰のせいでも
誰の責任でもない
宙に浮かせることで
自分ができることを
思考することができ
最善を尽くす歩みが
できるようになります。
実際、他責にしても
何も生まれないし
他責にしていることに
違和感を感じるのです。
良い意味で
他の人の目を気にして
プライドを持ち
みっともなさを
避けるべきなのです。
他責にすることは
自分の無力さを
アピールしていることであり
そのアピールによって
より思考が停止するので
何も生み出すことが
できなくなります。
理想的な思考は
理不尽なことでも
自己責任にすることなのですが
その境地に至るには
高い基準の悟りが
必要なのです。
全てのことを
自己責任にできれば
全ての面での思考が
できるようになります。
その境地に至れば
聖人のような
悟りの基準に至ります。
その前段階として
誰のせいにもしない
何かのせいにもしないで
出来事を
宙に浮かせる
ということです。
実際、起きてしまったことは
今さらどうにもできないので
誰も責任を持つことはできません。
過去のことというのは
どうすることもできないので
今から、これから
どうするかなのです。
他責思考になっている人は
常に過去のことに
こだわっているのです。
どうにもできないことに
こだわってしまうと
今の歩み、これからの歩みに
大きな支障を来してしまうのです。
心霊基準が高い人は
他責にしていることに
違和感を感じてしまい
他責にすることに
みっともなさを感じます。
幼い子どもが
誰かのせいにしているのと
何ら変わらないということです。
前進ができる人というのは
今と未来しか見ていないのです。
過去のことは
今さらどうにもできないので
都合が良いように
解釈してしまうのです。
私たちの記憶は
過去のことが
蓄積されていくので
過去の記憶が
大きくなってしまうのです。
過去の記憶が
大きくなることで
どうにもできない過去に
こだわってしまうのです。
そして、今に、今の瞬間に
集中することができなくなり
投入することができなくなります。
より大きなことを
目指していくことで
過去にこだわっている
心理的な暇がなくなり
今できることに最善を尽くして
より大きなことに連結させる歩みが
できるようになります。
どうにもできないことに
こだわるというのは
心理的に暇なのです。
その暇に耐えられなくて
心理的にバランスが崩れ
攻撃的になってしまうのです。
成長することに
こだわっている人は
今できることにしか
興味関心がないのです。
常に気を張る歩みはできないので
今できることに前倒しで
最善を尽くしていくのです。
そして、良い意味での
プライドを持つことで
みっともなさを避けようとし
自己責任を全うすることに
集中、投入する歩みが
できるようになります。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌