【外の評価基準に依存をしない】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
誰でも評価されることを
求めているのですが
評価されることは
簡単ではないのです。
なぜなら
人は他人には
興味関心がないからです。
常に自分のことだけを
考えているので
他人に目を向ける
余裕がないのです。
外からの評価を
期待してしまうと
評価されないと
歩めなくなり
努力ができなくなります。
他の人の評価というのは
良くも悪くも
無責任なのです。
評価されるから良くて
評価されないから
悪いということではないのです。
外からの評価基準に
依存をしてしまうと
自分のペースで
歩めなくなります。
評価というのは
自己評価でいいし
自己満足でいいのです。
自分で勝手に
自己評価して
自己満足をすることで
自己の基準を
上げることができます。
評価というのは
結果を出すだけを
基準にしてしまうと
苦しくなってしまうので
最善を尽くしているかどうかを
基準にしてください。
結果というのは
導かれて与えられることなので
結果だけを基準にしてしまうと
評価することができなくなります。
外からの評価は
結果でしか評価されないし
評価しようがないのですが
自己評価、自己満足は
歩み自体の評価ができます。
自己満足をしてもいいのですが
今の基準での満足をするのであって
満足を留めてはいけないのです。
私たちの歩みというのは
原因をつくる歩みなのです。
原因をつくることで
結果が与えられるのですが
どのような結果が
与えられるのかは分かりません。
原因と結果は
一致していくのですが
いつ、どのように
一致するのかは分からないのです。
なので、最善を尽くす歩みを
続けていくことしかできないのです。
外からの評価に依存をしたり
評価を基準にしてしまうと
評価されるために歩む
努力するという
挫折してしまう
動機をつくってしまうのです。
努力が続けられる人は
外からの評価を
全く期待していないし
評価されたとしても
自分のペースを崩さないで
歩み続けることができます。
自分の努力は
自分でやるしかないので
評価されるかどうかは
どうでもいいことなのです。
誰にも知られないように
陰で努力をする人は
評価されようがないので
全く依存をしないのです。
依存をしなければ
自分のペースを
守ることができ
心理的な自由を感じながら
歩むことができるのです。
依存が必要な時期も
あるのですが
依存をすることで
心理的な自由を
失っているのです。
自由を感じることは
誰もが求めていますが
依存をしながら
自由を感じることはできません。
今の時代、これからの時代は
個性を発揮することが
求められてくるので
自分のペースの歩みが
必須になります。
自分のペースで歩むことで
歩む基準を上げることができ
自己評価ができるのです。
自己評価は
過去の自分と比べての
自己評価であって
他の人、周りの人と
比べることではありません。
どんな基準で歩んでも
上には上がいるし
下には下がいます。
上と比べれば
自信が感じられなくなり
下と比べれば、傲慢になり
満足をしてしまうのです。
過去の自分の基準よりも
ちょっとでも上がっていれば
自己評価することができるのです。
私たちの歩み自体は
地道なことを
続けることしかできないので
ちょっとずつしか
基準を上げることはできません。
ちょっとのことを
積み重ねていくことで
気がついたら基準が
上がっているのです。
歩み、努力の基準を上げることで
個性の発揮ができ
成長欲求、貢献欲求を
満たす歩みができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌