【反面教師から学ぶための心理的な余裕さ】

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学び


日常的スピリチュアル、安田です。

現実の環境の中には
教師もいますが
反面教師もいます。
本来の基準は
誰もが教師になるべきなのですが
教師どころか
反面教師になって
しまう人がいます。
教師からは
学びやすいのですが
反面教師からは
心理的な余裕がないと
学ぶことができないのです。
感情的になってしまい
イライラしてしまうので
学べなくなってしまうのです。
教師は
「こうした方がいい」という
模範を教えてくれますが
反面教師は
「こうしてはいけない」という
教訓を教えてくれます。
心理的な余裕をつくるには
目線と自覚が必要なのですが
目線というのは
どの方向から見ているかであり
自覚というのは
どう学んでいるかなのです。
心理的な余裕を感じるためには
自分の基準を上げることで
上からの目線ができ
学ぶ自覚ができます。
学びというのは
ありとあらゆる方向から
学ぶことができるのですが
素直に学べる場合と
角度を変えないと
学べない場合があります。
反面教師を
批判する必要はありません。
反面教師から学ぶことができれば
視野を広くすることができ
視野の広さを活かすことが
できるようになります。
ただ、反面教師には
合わせてはいけないのです。
勝手に学ぶことはできますが
その基準に合わせてはいけないのです。
教師というのは
自分よりも基準高く歩んでいる人であり
反面教師というのは
低い基準で歩んでいる人なので
合わせてはいけないのです。
反面教師から学ぶためには
自分軸の確立が必要なのです。
基準高く歩めていれば
心理的な余裕を感じることができ
自分軸を基準にして
反面教師から学ぶことができます。
自分軸がまだ弱いのであれば
無理に反面教師から
学ぶ必要はありません。
学んではいけないので
関係をつくらなくていいのです。
自分軸が確立されれば
心理的な余裕ができ
反面教師からも
自然に学べるようになります。
反面教師から
影響を受けてしまえば
元も子もないので
影響を受けない距離が
必要なのです。
まずは教師から
徹底的に学んでください。
教師から徹底的に学んだ土台で
反面教師から学ぶことができます。
反面教師からばかり
学ぼうとしてしまうと
だんだん基準が下がってしまい
自分も反面教師になってしまうのです。
今はいくらでも
学べる環境が整っていて
基準高く歩めている人から
学ぶことができます。
基準高く歩めている人から
学んでいくことで
悟りが与えられるのです。
悟りが与えられることで
歩みの基準を上げることができ
その基準で教師の模範を
示すことができます。
私たちは
反面教師には
なってはいけないのです。
教師を目指していくべきであり
教師になって、悟りを与える
存在にならないといけないのです。
残念ながら
現実は反面教師が
多いのです。
反面教師が多いので
本質が見えなくなり
基準高く歩めないのです。
何かを教えられるから
教師ということではありません。
教えていることと
歩みの基準が一致している人が
教師なのです。
資格の教師ではなく
基準高く歩めている
教師が必要なのです。
自分ができていないことを
教えるというのは
教育にならないのです。
できていないことを
教えることも
反面教師になります。
本当の教師を目指していくには
教えていることと歩みを
一致させることが必要なのです。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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