【淡々と歩む意識】

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日常的スピリチュアル、安田です。

時代の転換期は
破壊と創造が成されるので
混沌とするのです。
古い時代が壊され
新しい時代が出発するので
思いも、考えもしなかったことが
起こるようになるのです。
起こる出来事は
私たちにはコントロールが
できないのですが
どのように解釈をし
捉えていくのかは
勝手に決めることができます。
混沌としている時期は
感情が振り回されやすくなり
感じたくない感情によって
より苦しさを感じやすくなります。
感情が振り回されてしまうと
やるべきことができなくなり
前に進むことができなくなります。
どんなに混沌としていても
やるべきことができていれば
前に進むことができます。
淡々と歩むことで
やるべきことができ
感情に振り回されないで
歩み続けることができるのです。
現状的に身動きが取れなくなり
心理的にも身動きが取れなくても
やるべきことができていれば
何の問題もありません。
私たちができることは
基本的な努力である
学ぶこと、実行すること
瞑想、運動なのですが
どんな思いが
湧き上がってきても
淡々と歩めればいいのです。
葛藤することは
避けることはできないのですが
葛藤していても
感情に振り回されないで
歩み続けるには
客観的に観察するような
感覚の歩みが必要なのです。
転換時期というのは
誰でも混沌とするのですが
その混沌さによって
生み変えられていくのです。
転換時期というのは
時代だけが転換するのではなく
私たちも転換されるのです。
なので
生みの苦しみのような
境地になるのです。
苦しみは感じたくないのですが
避けることができないのです。
避けることができないので
無理に避けようとするのではなく
当然のこととして
受け入れていけばいいのです。
混沌としている時期は
限界基準が近いので
チャンスの時期でもあるのです。
限界まで歩める
環境になっているので
同じ環境の中でも
新しい体験ができるのです。
転換時期にしか
できない体験があり
その体験が資産になるのです。
いつの時代でも
その時代の当事者には
価値が分からないのです。
転換時代、時期というのは
価値がある時代
時期ではあるのですが
現実的に歩むだけで精一杯なので
価値が感じにくいのですが
長期視点、超長期視点で見れば
何となくでも価値が感じられます。
混沌としている時期は
やるべきことに最善を尽くしながら
過ぎていくのを待つしかないのです。
淡々と歩むことで
やるべきことに
最善を尽くすことができ
じっと耐えながら歩むことができます。
私たちが感じることは
コントロールができません。
次々に湧き上がってくる思いは
どうすることもできないので
ありのままの感情を
観察していればいいのです。
瞑想の習慣というのは
ありのままの自分と
向き合う習慣でもあるのです。
私たちの思いというのは
自分の思いのようで
自分の思いではないのです。
先祖代々、受け継がれてきた思いであり
歴史的に受け継がれてきた思いなので
客観的に観察していればいいのです。
淡々と歩み続けるには
目の前のことに集中し
投入していけばいいのです。
何を思っても、感じても
考えてもいいので
「今はこれをやる」と決めて
淡々と歩むことで
時代の混沌さに
振り回されないで
歩み続けることができます。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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