美しいものを愛でる心を、私はいつまでも忘れたくない。この地上に存在する神の創作物の数々に私はいつも敬意を表している。春夏秋冬、それぞれの季節に配置された、息を吞むほどに神々しい輝きを以って私の胸に迫って来る素晴らしい無数の風景に、私は圧倒される。
私は自室に一人佇んで、思索に耽るのがとても好きだ。思考は光を放つ矢となって、部屋中を飛び回り、やがて窓から外へ出て、遥か彼方の地平線を目掛けて、一筋の光芒は朝焼けの東の空を横切り、どこまでも伸びて行く。
「人間は考える葦である」との言葉を遺したブレーズ・パスカルの立っていた地平に自分が並ぶことができるとは思わないが、少しだけ彼の心持ちが分かった気がして、私は一人、ほくそ笑んでいた。思索に耽る日々は、得も言われぬ快感を私に齎してくれている。
思考の旅ともいえる、この不思議な感覚は、幼い頃から自覚していた、一種の幻想的な体験であった。かのアンネ・フランクがあの狭い屋根裏部屋で創造の翼を羽ばたかせていたように、私の心もまた常に自由である。目を閉じ、遥か宇宙に思いを馳せれば、私の身体は一瞬にして荘厳な大宇宙へと神秘的な旅をすることができる。
芥川龍之介がその著書「戯作三昧」で語っていたように、創作の喜びは何物にも代えがたい、特別な体験である。その瞬間、私の意識は自らの身体を離れ、完全に自由な存在となる。芥川の芸術至上主義の本質について、私も完全に理解していると自負はしていないが、その一端を垣間見る体験はしているつもりだ。
この世界は誰が何と言っても、やはり素晴らしいものだ。全ての細部にまで神が宿り、私たちにも「霊性」といったものが備わっている。
私たちはこのような自分の感性、感覚を大切にするべきだと思う。物質的なものには決して満たされることのない、私たちの持つ好奇心や探求心を満たしてくれるもの、それが私たちの内面に秘められた「霊性」であることに気付いたとき、私たちは真の喜びに、一歩近付くことができるのだ。