Netflix『ダウンタイム』が小説新人賞の応募作だったら、何次選考まで行くか

Netflix『ダウンタイム』が小説新人賞の応募作だったら、何次選考まで行くか

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小説
新人賞の下読みをしていると、本当に惜しい原稿に出会います。

冒頭からぐっと引き込まれるし、文章もうまい。アイディアもいいし、キャラクターも立っていて、メッセージ性もあって素直に面白いんです。なのに、読み進めるうちに「これは推せない」と腕を組んでしまう……。



Netflixの『ダウンタイム』を観ているあいだ、私はずっとその手の原稿のことを考えていました。

先に言っておくと、作品をけなしたいわけではありません。配信直後から国内の週間ランキングで1位を取ったヒット作ですし、私自身、途中までは「これがもし小説新人賞の応募作だったら、受賞もあり得る」と思いながら観ていました。しかし、第五話から完全にその幻想が崩れ去ってしまいました。

なお、小説応募の上で想定しているのは、本作の題材やトーンに合わせ、小説すばる新人賞や小説現代長編新人賞のようなエンタメ系の賞です。どちらも一次、二次、三次、最終と四段階の選考があって、応募作は一冊できちんと完結していることが前提になります。

このドラマが一本の長編小説として送られてきたら、どこまで残るのか。

気になる方は最後まで読んでみてください。





『ダウンタイム』とは?

全8話のNetflixオリジナルシリーズで、舞台は美容整形業界です。

主人公は、松岡茉優さんが演じる形成外科医の沼田文。もともと医大で救急外科医をしていた文は、ある日、搬送されてきたモデルの胸からシリコンバッグを抜く手術をします。処置としては正しかった。ところがその患者は「同意なく自分の美を奪われた」と絶望して亡くなり、遺書に文の名前があったことがネットに漏れて、炎上してしまいます。結局、文は病院を辞めることになります。

実家には二億円の借金があって、文は医師として稼ぎ続けなければいけない立場です。そこに好条件のスカウトを持ってきたのが、仲里依紗さん演じるカリスマ美容外科医の遠山凜。じつは、あの炎上を仕掛けた張本人でもあります。

美容外科なんて大嫌いだった文が、それでも凜のクリニックに入るのには理由があります。あの患者にシリコンバッグを入れたのは遠山クリニックで、そのとき医療より見た目を優先したのではないか。その証拠をつかむため(メインストーリー)です。

「医療で命を救う」文と、「美で人を救う」凜。この二人のぶつかり合いが、物語の核になっています。





結論:二次〜三次選考止まり

結論から書いてしまいます。本作が然るべき文章力で、ノベライズ化され、未発表の小説として新人賞に送られてきたとしたら…

一次は余裕で通ると思います。でも、最終候補には残らない。


二次か三次あたりで止まるでしょう。下読みをしていて、いちばん「惜しいなあ」と思うタイプの原稿です。

大きな理由としては、作品が「あれもこれも」と欲張り、整形に失敗してしまったから。

目元も直したい。鼻も高くしたい。輪郭も、肌も、ついでにここも。一つひとつは「もっと良くしたい」「もっと美しくしたい」という真剣な処置です。でも、あれもこれもと手を入れていくうちに、顔全体のバランスが崩れて、もともとのその人らしさがわからなくなってしまう。パーツはどれも整っているのに、全体として見ると、どこか不自然になる。

『ダウンタイム』の後半は、まさにそういう状態に見えました。全部を読み終えたとき、物語の顔がぼやけてしまっている、崩壊している。…詳しくは後ほど。


では、まず良かったところから書いていきます。





良かったところ


・導入の速さ
最初に感心したのは、【導入の速さ】です。

手術があって、患者が亡くなって、炎上して、病院を辞めて、借金があって、そこへ仇からスカウトが来る。主人公が敵のクリニックに乗り込むところ(ここまでが1話でしょう)まで、ほとんど息つく間もなく進みます。下読みは冒頭でけっこうな部分を判断してしまうので、ここが強いだけで一次はかなり有利になります。

それから、対立がわかりやすい。文の「医療で命を救う」と、凜の「美で人を救う」。どちらも一行で言えてしまうくらいシンプルで、それぞれに強い想いと正義があり、キャラの魅力にも直結している。さらにふたりとも、強力な過去(バックグラウンドと私は呼んでます)がある。

患者さんたちのエピソードも、一つひとつがしっかり重いです。整形に何を賭けたのか、その結果何を失ったのか。一話ずつ切り出して短編にしても成立しそうなくらいの密度があります。

小説に置き換えるなら、1話を読み終えたあたりで「この作家は確実に書ける」と下読みに思わせる原稿です。



・時代性とメッセージ性

もうひとつ特筆しておきたいのが、時代性とメッセージ性です。

いまはルッキズムへの批判がとても強い時代です。そんななかで、この作品は美容整形を肯定する側にも、ちゃんと正義を持たせています。凜の「美で人を救う」は、ただの金儲けの方便として描かれていない。見た目が変わることで、実際に救われる人がいる。そこから目をそらさずに描いているからこそ、文の「医療で命を救う」と正面からぶつかれる。どちらか一方が悪者にならない対立は、書くのが難しいぶん、うまくいくと強いです。

タイトルの使い方もうまいと思いました。「ダウンタイム」というのは、手術や施術のあと、腫れや内出血が引いて本来の美しさに落ち着くまでの回復期間のことです。作中ではこれを「サナギが殻を破って蝶に生まれ変わるための大事な時間」として位置づけていて、登場人物たちの葛藤や心の変化がそこに重ねられています。



・主人公の成長変化

主人公の成長変化がきちんと描かれているのも、大きな強みです。

文は最初、「医療で命を救う」こそが医者の仕事だと信じて疑っていません。美容外科なんて、命に関わらないところでお金を取る商売だと思っている。

ところが凜のクリニックで働くうちに、文はいろいろな人に出会います。命を削ってでも美しくなりたい人。なりたい自分になるために、すべてを賭けて手術台に上がる人。そして、その願いに本気で応えようとする医師たち。そういう人たちの想いに触れていくなかで、文は少しずつ気づいていきます。人によっては、命よりも大切なものがあるのだと。

そこから文は、かつての自分の正しさを振り返り、反省していきます。あの手術は医療としては正しかった。でも、患者さんが本当に守りたかったものを、自分は見ていなかったのではないか、と。

主人公の価値観が、物語の最初と最後でちゃんと変わっている。しかもその変化が、周りの人物との出会いを通して一歩ずつ起きている。これは新人賞の原稿でも、意外とできていないことが多いところです。






落選理由① 途中でメインストーリー(主人公の復讐の線)が立ち消える

この作品のメインストーリーは、文の復讐だと私は読んでいます。遠山クリニックが医療より美容を優先したシリコンバッグ事件の証拠をつかむこと。文が仇のもとで働いている理由は、本来それだけのはずです。

ところが話数が進むにつれて、この線がだんだん見えなくなっていきます。患者さんたちの物語が前に出てきて、凜との関係も変わっていって、クリニックの中の争いも動き出す。そうこうしているうちに、文が証拠を探しているという線がうやむやになってしまうんです。

文は凛の考える「美容で人を救う」という想いに徐々に共感し出し、復讐するにはあまりに凛の味方になりすぎてしまう。そして、復讐の線に置き換わるいろんな無関係な軸(文の母の死別、都知事による東京の美容都市化、遠山クリニックの過去の医療事故、文と遠山新との関係性など)が乱立する。

結果、整理し切らない状況下で強引に文の感情を盛り上げ、手に入れた証拠をSNSで暴露してしまう。しかし、文と凛はすでにお互いをプロとして認め、お互いに理解も共感も進んでいる状態だったため、非常にご都合主義な展開でした。

ドラマなら、それでも観られます。役者さんの芝居や映像の力が、場面ごとに観る人を引っぱってくれるので。

でも、小説だとそうはいきません。

読者は、主人公が何を欲しがっているのかを追いかけて、ページをめくっています。


その「欲しいもの」が見えなくなる、あるいは曖昧になる、都合よく引き出されると、読み進める理由もいっしょに消えてしまう。下読みの立場でいうと、評価が大きく下がったのはこのあたりです。





▶新人賞に応募する方へ

各章を通して、主人公が、第一章と同じものを欲しがっているかどうか。一度、確かめてみてください。途中で欲しいものが変わるのは全然かまいません。ただ、その場合は以降の章で容易くその欲求を復活させないこと、キャラの感情やキャラ同士の関係性に即した展開を守ることを心がけてください。







落選理由② トピックが散漫になり回収しきれず終わる

美容整形に救われた人もいれば、壊された人もいる。声優を目指す女の子がいて、インフルエンサーがいて、主人公の家には借金があって、クリニックでは跡継ぎ争いが起きている。さらには文の母の死別、都知事による東京の美容都市化計画、遠山クリニックの過去の医療事故、神の手の後継者問題、文と遠山新との関係性、文の交通事故…。

『ダウンタイム』は、とにかくトピックが多いです。しかもそのほとんどが、メインストーリーとなる復讐の線が曖昧になってから=5話以降から急増します。まるで、物語の縦軸を失い、重心を失って倒れかけたところに、無理くり土嚢をたくさん持ってきたように思えました。

全8話のなかで、それらが全部きれいに着地したかというと、全くもってそうは言いにくい。広げた風呂敷は、ほとんどドラマも葛藤もなく、簡単に畳まれてしまいます。

例えば、なぜ主人公は交通事故に遭って、顔面がひどく崩れる展開にならないといけなかったのでしょうか。答えはなく、凛が文の顔を治すならまだしも、普通の形成外科医が治してしまう。

また、渡部篤郎さんが演じる遠山新(凜の父親)に、新しく立ち上げるクリニックへとヘッドハンティングされてしまった小宮ルイ(間宮祥太朗)。これによって遠山凛のクリニックと、遠山新の新しいクリニックで対峙する展開も作れたはずですが、呆気なくルイは新に切り捨てられて終わりです。

本質的な欠陥は、途中で主人公の復讐の線が有耶無耶になった時に、新しい物語の縦軸を立てなかったことです。縦軸ではなく、その場しのぎのあらゆる展開やトピックに飛びついたことで自己崩壊してしまったのです。





▶新人賞に応募する方へ

どんな物語にも縦軸があるものです。その縦軸の中で、1話、2話と作られていく。その縦軸が失われた時は、新しい縦軸を考えてください。そうしないと『ダウンタイム』のように、何の話なのかわからないまま、都合のいい展開が乱発していくのを追う羽目になります。







落選理由③ スケールし切らず終わる

韓国ドラマの『梨泰院クラス』を観た方は、思い出してみてください。小さな居酒屋から始まった主人公たちの戦いが、回を追うごとに大手外食企業との対決になっていきますよね。最初は個人的な恨みだったものが、最後には会社同士のぶつかり合いにまで育っている。対立の大きさが、物語といっしょに膨らんでいくんです。

『ダウンタイム』にも、その芽はちゃんとありました。渡部篤郎さんが演じる遠山新、凜の父親でクリニックの会長です。業界の大物であるこの人の医院と、主人公たちの医院が真正面からぶつかる。そこまで話を大きくできていれば、後半はもう一段、跳ねたはずだと思うんです。

実際には、対立が大きく育ちきる前に物語が終わってしまいます。

ここまで三つの理由を挙げてきましたが、根っこは、たぶん一つです。

線が一本通っていないから、話が散らばるし、対立も大きく育たない。


復讐の線が見えなくなり、縦軸が立ち消え、トピックが散らばった。トピックが散らばり、ひとつの大きな対立構図にまとめきれなかった。①から③は、同じところから出てきた症状なのだと思います。




▶新人賞に応募する方へ

中盤の山場で、対立の規模が冒頭より大きくなっているかを見てみてください。主人公ひとりの問題だったはずのものが、気づけば組織や社会の問題になっている。それくらいの膨らみがあると、後半の推進力がまるで違ってきます。







どうすれば受賞できたか?

じゃあ、どうすれば最終候補、さらには受賞まで届いたのか。

私なら、第1話、第2話のあとに第4話を持ってきて、最後を第3話で締めます。全4話ぶんで一冊にする、という形です。

第4話は、インフルエンサーのトラブルを軸に、美容整形やシリコンバッグの除去をめぐる問題が描かれる回です。同時に、遠山家の因縁と、文自身の父親でもある遠山新の呪縛が浮かび上がってきます。

この回を前に持ってくるメリットについて。

遠山新との関係が明らかになることで、文の復讐の意味が変わること。「仇のクリニックの不正を暴く」という話が、自分の出自と向き合う話にもなっていく。主人公が欲しがっているものが、ここで一段深くなる。

そのうえで、研ナオコさん演じる坂下ゆり子が出てくる第3話を、一冊の山場にします。ここで文の復讐の線にいったん決着をつける。証拠に手が届くのか、届かないのか。凜とどう向き合うのか。少なくとも「文が何のためにここにいるのか」については、読者が納得できる答えを一冊のなかで出しておく。

そして、遠山新の暗躍や、安東宗太郎(城田優)、小宮ルイ(間宮祥太朗)の買収といった動きを、最後に「まだ終わっていない」という余韻として置いておく。

ここは誤解されやすいので、少しだけ補足させてください。エンタメ系の新人賞では、続きがないと成立しない原稿は基本的に評価されません。「続きは二巻で」という終わり方は、むしろマイナスに働くことが多いです。

一冊でちゃんと決着をつけて、そのうえで続きを読みたくさせる。この二つは、両立できます。

むしろそれができる原稿のほうが、「この人なら二冊目も書けそうだ」と思ってもらえます。新人賞は、その年のいちばんいい一本を選ぶ場所であると同時に、これから書き続けていける人を探す場所でもあるので。

8話ぶんの題材を4話ぶんに絞って、順番をひとつ入れ替える。残りの4話ぶんは2巻のために取捨選択し、私なら次なるフェーズとして「クリニックvsクリニック」という個人の枠を超えた戦いへと突入させます。

こうやって整理するだけで『ダウンタイム』は受賞圏に入っていたんじゃないか、と私は思っています。






最後に

面白いのに、受賞できない。

その原因は、本作のように「詰め込みすぎ」にあるかもしれません。主人公に沿ってわかりやすく読み進められるかどうか。

そして、その詰め込みによって、物語の欠陥を隠そうとしていること。それは下読みにも編集者にもバレてしまいます。

いまあなたの手元にある原稿の主人公は、最後のページでも、最初と同じものを欲しがっているでしょうか。そうでない場合は、いつどのように変わったのか。

それほど変わった主人公が、性格的にとらない行動や展開はないか。ご都合主義になっていないか。ぜひチェックしてみてください。







今後もこのように、下読みやプロの現場から見えるリアルをお伝えしていきます。フォローして、次の記事もお見逃しなく。



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