Netflix『ガス人間』は、なぜ物語中盤で“パンク”したのか?──小説や脚本の新人賞でもよく起こるミス5選

Netflix『ガス人間』は、なぜ物語中盤で“パンク”したのか?──小説や脚本の新人賞でもよく起こるミス5選

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Netflixの『ガス人間』が今週から公開されました。皆さんはもう視聴されましたか? 今回の記事では、話題の『ガス人間』を題材に、小説や脚本を書く上でも起こりがちな構成上のミスをお伝えしてまいります。

完全にネタバレを含みますので、それが嫌な方は視聴後に戻ってきてください。あるいは本記事を先に読んでから視聴すれば、メタ的な視点で楽しめて学びも多いかもしれません。記事最後には、なぜこんなミスが脚本に発生したのかをプロ目線で、制作の座組みから推測してまいります。



Netflixシリーズ『ガス人間』とは?


Netflixシリーズ『ガス人間』は、1960年に公開された東宝の特撮映画『ガス人間第一号』を原作に持つ作品です。今回のリブート版は、東宝とNetflixが初めてタッグを組んだ全8話のオリジナルストーリー。

物語は、生放送中のテレビ番組で大学教授の体内に謎のガスが侵入し、爆死するという前代未聞の事件から幕を開けます。現場に居合わせた記者・甲野京子と、謹慎から復帰したばかりの刑事・岡本賢治は、この事件の真相を追うことに。やがて自らを「ガス人間」と名乗る犯人が次々とターゲットを予告しては殺害していき、事件の裏に隠された社会の闇と巨大な陰謀が明らかになっていく——という筋立てのクライムサスペンスです。

実は本作、私は一気見してしまいました。中盤までは『地面師』に匹敵するほどのクオリティーだと感じていました。だからこそ、中盤以降の内容については「もう少しこうだったら……」と思う点がいくつかありました。
今回は、なぜ『ガス人間』が中盤から勢いを落としてしまったのか、すなわちなぜパンクしてしまったのかを一緒に紐解きながら、皆さんの創作にそのまま活かせる形でお伝えしていきます。

それではさっそく見ていきましょう。





① ガス人間から威厳が完全に失われてしまう


序盤から、意図も正体も全くわからないミステリアスな怪物として、世間を恐怖に陥れていたガス人間。この完璧なブランディングが、物語中盤で一気に崩れます。

ガス人間という存在が、実は人間の指示によって動かされていたことが分かる。この設定自体は、起動の仕組みとしても映像表現としても、とても魅力的なアイディアです。

ただこの展開によって、ガス人間は得体の知れない恐ろしい怪物から、理解できてしまう悲しい怪物に変わってしまうのです。怪物には人間としてのバックグラウンドもあり、なんと記者の京子との絆までも明らかになる。もうこうなってしまうと、ガス人間は恐れる対象から同情の対象に変わってしまい、怖くなくなってしまうのです。

スティーブン・スピルバーグ監督の『激突』を例に比較してみましょう。『激突』では、得体の知れない男からの恐怖が最後まで保たれる構成が印象的でしたし、それによって同作は以降も語り継がれる怪作となりました。これが途中で、追いかけてくる得体の知れない男の正体がわかったり、同情できる要素がいくつも出てきたらどうでしょうか。誰の物語として追いかければいいのか視聴者は迷子になってしまいます。

そう、つまり『ガス人間』は中盤で正体が明かされることで、主人公の刑事目線で見ればいいのか、記者の京子の物語として楽しめばいいのか、ガス人間の悲劇として解釈すればいいのか、完全に方向を見失ってしまったように思いました。これは、本作の素晴らしいアイディア(ガス人間の仕掛け)を優先しすぎて、そのアイディアを成立させるために複雑にしすぎてしまったからではないかと思います。

その結果、物語は「人間がいちばん怖い」という、比較的よく見る着地点に向かっていってしまったのでした。加えて、中盤からガス人間が人を襲うシーンは少なくなり、代わりに人対人の対立シーンが増えていき、映像としての見応えも確実に落ちていきます。


▶︎小説や脚本の新人賞に応募する方へ

「正体不明の恐怖」や「謎めいた設定」は、新人賞応募作でも強力なフックになります。ただし、その正体を安易に明かしてしまうと、緊張感が一気に失速することがあります。正体を明かすなら、明かした後も別の緊張感にきちんとバトンを渡せているかがポイントですので気をつけてください。なお、『ガス人間』はこのバトンの手渡しがうまくいっていませんでした。これは次の項目でご説明します。





② 中盤から「都知事選の物語」へとスケールが格下げ


①で触れた通り、中盤からは焦点が「ガス人間」そのものから「人間ドラマ」へと移っていきます。そのなかで、最終的な対立軸として東京都知事が浮かび上がってきます。

都知事は「次も都知事を続けたい」という個人的な動機から、ガス人間の存在を利用していきます。ここは、それまでのスケール感と比べると、動機がやや個人的で平凡な方向に寄ってしまったように感じました。スケールダウンしすぎて、物語のバトンが手渡せていないのです。

中盤までは「隕石の落下」「国をあげての誘致の施策」「人間燃料をめぐる隠蔽」といった、社会全体を巻き込む大きなスケールで物語が展開していました。それが中盤以降、ガス人間の正体判明後、人間ドラマへとフォーカスがシフトし、都知事個人の続投への思いという内容に移っていくため、スケール感の大幅な縮小に大きな戸惑いを覚えました。

さらにガス人間が人を襲うシーンもひりつきも消えてしまい、ヤクザや都知事といったヒール側の人間たちと警察および記者たちの対立がメインとなったことで、物語のスケールも映像的な愉楽も同時に縮小=パンクしてしまったわけです。序盤のガス人間の殺戮と後半の都知事選の不正は、全く釣り合うものではありません。

例えばなのですが、『ダークナイト』で急にバットマンの敵がジョーカーから、ヒール的な人間の組織にすり替わってしまったらどうでしょうか。途中からずっと肩透かしを食らうことかと思います。人間が結局は恐ろしい、といったテーマを描くにしても、最大の敵はずっとガス人間であり続けるべきでした。『地面師たち』はその点において、ずっとハリソン山中が最大の敵として君臨し続けており、非常に見やすく怖かったですね。


▶︎小説や脚本の新人賞に応募する方へ

物語の冒頭〜中盤で提示した「スケール感」は、読者や審査員が無意識に基準として持ち続けます。序盤〜中盤で壮大な謎や事件を提示・解決などしたなら、終盤の敵や動機、展開もそれに見合う、あるいは中盤までのスケールを越える内容を維持することが大切です。ぜひプロットの段階から気をつけてみてくださいね。





③ 中盤から物語の重心が「過去」に移っていく


ガス人間の正体を掘り下げるあたりから回想シーンが増え、「今」の出来事を説明するために「過去」を辻褄合わせのように積み重ねている印象を受けました。

小説も映画も、基本的には主人公が「今、ここ」で何を選択し、何をするかで物語が進んでいきます。しかし本作は中盤以降、現在の展開を成立させるための過去の掘り下げにエネルギーが割かれ、タイヤがパンクしたように物語の推進力がやや落ちてしまったように感じました。

こうした連続ドラマで「序盤は面白いのに後半が失速する」と言われがちなのは、前半で張った伏線を後半の回想で回収しようとするあまり、物語が足踏みしてしまうことが一因にあるのです。その点、『地面師たち』は基本的に現在の物語として構成されており、あっても主人公の過去くらいで、スピードが緩む瞬間がほとんどなかったように感じられます。


▶︎小説や脚本の新人賞に応募する方へ

新人賞は枚数に制限があるからこそ、この問題がより顕著に出やすいポイントです。回想パートを書く前に、この回想がないと今のシーンの何が成立しないのかを自問してみてください。答えが「背景として知っておくと深みが出るから」程度であれば、思い切って削るか、会話の中の一言で処理できないか検討する価値があります。限られた枚数の中では、過去の説明よりも「今、主人公が何を選び、何を行動するか」に紙幅を使ったほうが、キャラも読み手も前に進める作品になります。





④ ヒロインとガス人間の結末


これは1960年版『ガス人間第一号』へのオマージュだと思われますが、ラストのガス人間とヒロインの愛の心中シーンが、原作と結末を重ね合わせるため、やや駆け足で付け加えられたようにも感じました。

それまで特に前フリも伏線もなかった「テレビ局地下の密閉型の個室」にヒロインがガス人間を誘い込み、二人はともに命を落とします。ただ、ガス人間は一定のトリガーを踏まなければ発動しない設定なので、その条件さえ管理できていれば、ガス人間の暴走を防ぐことは今後も可能だったはずです。

そのため、ヒロインが自らを囮にしてまで密室にガス人間を誘い込む必然性は見えにくく感じました。物語を原作と同じ結末に着地させるための強引な手段としか思えませんでした。

また、エンドロールに入る直前のラストシーン。密閉されたはずの個室からガスが漏れたのか、主人公の家へガスが入り込むという演出がありました。続編を示唆する手法としてはよく使われるものですが、さすがにこれも強引すぎます。密閉できるから地下室へと、ヒロインはご都合主義的にガス人間を押し込めたのに、そのご都合主義を塗り替えるほどのご都合主義が最後の最後に待ち受けていました。

そして何よりこの結末の最大の問題点は、この結末によってストーリーを貫く大きな信条を、自ら裏切る脚本になってしまうこと。
主人公の刑事の男は、とにかく最後の敵である都知事の男を「殺す」のではなく「捕まえて罪を償わせる」ことを大切にします。これを信条にストーリーが後半から終盤にかけて構成されていくのに、ヒロインに関しては、逮捕されずにガス人間と心中を果たすという、何とも無責任な終わり方になってしまうのです。

ヒロインなら許されるのでしょうか。私はそうは思いません。ヒロインはガス人間を用いて何人もの人を殺してきた。その罪は重いはずです。それなのに、原作オマージュのための美しいラストのために、ご都合主義を塗り重ねてまで自分勝手な死を飾る。こんな身勝手なシナリオがあってはならないと思いませんか。


▶︎小説や脚本の新人賞に応募する方へ

ご都合主義は、新人賞の選考でもっとも厳しく見られるポイントのひとつです。展開に困ったときほど、「キャラクターが動く」のではなく「作者が動かしたいように動かす」瞬間が生まれやすくなります。今回の『ガス人間』で言えば、密室に誘い込む場面もラストのガス漏れも、どちらも「こう着地させたい」という作者側の意図が先立ち、キャラクターの行動や設定の整合性が後回しになってしまった例です。

自分の応募作を見直す際は、重要な選択の場面ごとに「このキャラクターは、これまでの性格や状況を踏まえて、本当にこの行動を取るか」「この設定は、都合よく機能していないか」を確認してみてください。特に、一つのご都合主義を成立させるために、さらに別のご都合主義を重ねてしまう(今回で言う「密室に押し込めたはずが、なぜかガスが漏れる」)展開は、審査員に「作者の帳尻合わせ」だと気づかれやすい典型パターンです。





⑤ 配信文化やSNSでの拡散で勧善懲悪は古い


本作に関し、ここまでいろんな種類のパンク=ミスを見てまいりましたが、もっとも残念だったのはこの展開だったかもしれません。

この2026年にもなって、まだ配信文化や拡散を手法として、勧善懲悪を達成しようとするのは、さすがにもう古すぎるといっても過言ではありません。これが展開案として「古い」「手垢がついている」と却下されないのは、制作現場として健全ではないかと思います。

言わずもがな、現在はたとえSNSで流れてくる動画があっても、それが本当の動画なのかAIによるフェイク動画なのか、そこが議論やトピックとして真っ先に来る。そんな“一歩先の時代”になっているにも関わらず、まだ配信や動画、拡散の純粋な力を信じている。あまりに時代錯誤と言わざるを得ません。

作中でYouTuberが「都知事がガス人間に命令している瞬間」の映像を公開し、これが拡散されるわけですが、有権者がそれを見て瞬時に「都知事=悪」と判断し、手のひらを返して都知事に傘を投げつけます。これは今の時代の感覚からすると、「この映像はAIだ」とまず疑うというのがスタンダードになります。

不幸なことにこのドラマの撮影時期は2年以上前ということで、AIも今ほど発達しておらず、こればかりは仕方ない部分はあるにしろ、それでも配信文化や拡散を必殺技に最後の敵を追い詰めるというのは古いですし、もう手垢がついています。

なお『地面師たち』の場合は、そういう取ってつけたようなトレンドやツールに頼らず、あくまでその業界における固有の解決策が用いれられており、素晴らしい成功例だったと思います。


▶︎小説や脚本の新人賞に応募する方へ

小説でも脚本でも新人賞の応募作を書く際は、自分が使おうとしている決め手の展開について、「これは過去の作品でも見たことがあるか」「見たことがあるなら、どこを変えれば自分だけの角度になるか」を一度立ち止まって考えてみてください。特にSNSやテクノロジーを扱う場合は、時代の感覚とのズレが命取りになります。

また、執筆から刊行までにはタイムラグがあることも意識しておきたいポイントです。今書いている内容が、世に出る頃には「少し前の感覚」になっていないか、あまりに賞味期限のある内容を安易に取り入れていないか、応募前にもう一度、社会やテクノロジーの前提と照らし合わせて見直すようにしましょう。





問題の本質は「脚本」ではなく「制作体制」にあった?


ここからは私自身の推測を含む考察なので、あくまで一つの見方として読んでいただければと思います。

本作は、脚本を手がけた方とプロデューサーを務めた方が同一人物です。プロデューサーは制作現場において大きな決定権を持つ立場でもあります。

こうした体制の場合、脚本上の課題があっても、周囲のスタッフから声を上げにくい構造になりやすい、ということは想像に容易いことです。本作についても、そうした制作体制の特徴が、物語の展開に少なからず影響した可能性はあるのではないか、と感じています。

特にこの脚本家兼プロデューサーは韓国映画界の巨匠のような方なので、東映サイドも監督も俳優陣もなかなか問題を指摘しにくかったのではないか、という可能性が考えられます。

こうした業界の力学は、プロの創作現場ではしばしば見られるものです。皆さんが目指されているプロの世界も、必ずしも単純明快なものばかりではありません。そうしたリアルな側面についても、今後の記事で率直にお伝えしていきたいと思っています。




これからも、下読みやプロの現場から見えるリアルをお届けしていきます。フォローして、次の記事もお楽しみに。

古宮悠
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