江戸幕府の創始者 家康はかつてこういった「人の一生は重き荷物を運ぶがごとし・・・云々」としてつらいものだという印象をなんとなくではあるが人々に与えたのか、少なからずの人は「人生は苦の連続かぁ」と思ったのかもしれない。もっともこの言葉は儒教の中の一説だったらしい
古来の中国古典からの引用だといわれているがいずれにせよ「人生は苦」であるといっう事なのだろうが・・
本来人間は「苦しみ」があるのが正しいというのであれば、その苦しんでいる自分を見て喜ばなければならない。
しかしそんなことはないのである。だれが考えても楽しい人生こそが正しいとは思わないだろうか。
悲しくつらい人生を歯を食いしばって生きていき、努力精進を重ねた結果成功し、立身出世を果たしたという数々のドラマは見る者の心を打ち勇気づけてくれる。
そんなドラマの彼は、つらい境遇から始まったが前向きな努力と、意志によって自らの運命を開いていったという話が、感動を読者に与えるといった物語である。しかしながら実際を生きている我々は本来何を学ぶべきであろうか。
本来深層心理では一般的に見て「つらい境遇」というものさえ実は誤解であって本人にとっては何らつらさなど感じていなかったのかもしれない。なにくそという積極的な前向きな心構えである自分をほめながら、一つ一つの目標を達成していった結果を都度喜んでいたのではないか
力を出し惜しんでいる自分こそがつらい人生を肯定しているのではないか。など考えるのである。
心の持ちよういかんで人生は楽しくもなればつらい人生もあるだろう
生きていくための方便に過ぎない金銭や物質の獲得が人生の楽しみにつながるのであればそれもよし、しかしその結果が不幸になるようなら間違いという事になる。
金銭や物質の獲得では心が満足できないという人も多くいることも事実であろう。なぜなら人は100%死ぬからである。死んであの世に金は持っていけないし必要もない。
物質か心かといった単純な択一ではなくその双方の調和こそが大切なんだろうと思う次第だ
いずれにしても、僕の思いは人生を楽しもうという一点に集約されるのだ。
自分の持つ考え方、行動、技術などで多くの人のお役に立つことを今まで思考してきた結果、今があるという事を確認した今日である。70歳を越えた自分という存在を今一度考えてみたいと思います。これは持論なのですが僕たちが生きているという事は単なる肉体的生存といった危うい、変化していきいずれは滅びてゆくといった物質形態だけではなく、精神というか心というか目に見えないが確実に存在しているもの。
所謂形而上なる考えとその考えによって積み重ねてきた自分という性分との合作が自分なのである。という事です
その自分を分析していく。まず人間であるという事、それに伴い家庭人であり妻にとっては夫であり子供にとっては父であり孫にとっては祖父、もちろん先祖にとっては子孫であり親にとっての子供という事になっておりそれぞれの立ち位置によってその役割は異なるものの家庭の中の自分ということである。
仕事人としての自分は若いころから独立自営の道を歩んできているため定年のない仕事師である。職種はデザインを軸にしたブランディングプランナーとして現在がある。
その他は日本国民であり、県人であり地域の住人でもあるわけでそれぞれに役割が存在していているのである。
友人たちとの関係には自分の存在意義を確認することが出来る。という点でこれも「自分」という事になる。
僕個人としては自分は自分の人生を経営している「経営者」であると認識している。
特に経営していくためにいくつもの課題を抱えていてその課題解決のために少なくない「プロジェクト」を抱えていて日々問題解決にあたっているのである。
経営である以上は経営の目的は何かを明確にしておかなければならない。実際多くの企業や団体には「理念」「生きがい」などを明記しこの社会の中でどういった役割を担うのかといったことを文章に認めており、企業や団体のレゾンデートルとして共通項目として徹底しようとしている。 同じことを「自分」の中に構築しておこうというのが僕の主張。
僕の年代になると経済のための仕事を引退している友人が多いが、社会とのふれあいのためにボランティアや趣味にそのライフスタイルを転換している例が顕著である。
僕は堂々とお金をいただく仕事をしていてるのだが、仕事に関して言えば売上に貢献できているという事が自分のレゾンデートルとなっていて、その仕事の範囲はデザインを切口にしているものの多岐にわたっている。
得たお金は仲の良い友人たちとの旅行や食事などに役立っているのが実態なのだ。
ライフスタイルを考えながら
ファッション、外食、旅、車の趣味など統一感のあるコンセプトライフを目指しているのである。
「私の人生論」 隆庵 著 より 抜粋
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