日本料理店そのお客様とのやりとり、当時支配人となっていた私の日常の仕事はお客との交流により仲良くしてもらうという事。お客とは言っても企業戦士というべき各会社組織におけるキーマン。
接待を取り仕切っている方が主で、お店にはほとんど接待役として来てくれている結構気を遣う仕事?をされているのでかなりストレスがたまるであろうと推測されます。
ということから、慰安をかねて勤め先の会社に伺うということが大まかな仕事で私もいわば営業マンの端くれという事になるのです。
どんな会社を回っていたかというと、地元の優良企業や中央都市にある大企業の支社及び支店、運送会社、建築会社、その下請け企業、もっとも頻繁にあいさつ回りをしていたのは薬品会社でした。
何れもよく接待営業をしている企業ばかり、顕著な例としては官に対しての接待が増える時期が正月明けの1月中頃から・・・薬品会社は医療学会やシンポジウムでドクターが参加する催しのある時期、建築申請がどの時点で行われるかなど私なりに調べて、建築会社にお店の紹介方々お邪魔したことをありました。
おもしろいことに、たまたまかさいさいか、よく繁華街にあるクラブのホステスさんや、スナックのママさんとかと鉢合わせすることもあったように記憶しています。それはそれで情報交換もあったのです。
「二次会はうちを紹介してね」など・・・
そうか、これこそが私たちが脱しようとしてきた「水商売」というやつか、と納得したものです。
そう女性が主役の営業形態なのです。
私がこの世界に居る一つの理由が、件の社長からの命であるところの
「近代的経営」を目指すという方針の実現のため、そしてもうひとつは「色気」を売り物にしない店の確立という事です。
※ホステスさんが個人事業主としてあつかわれていた時代背景もあった、所謂完全歩合の世界・・ゆえにお客の取り合いといった女性同士の戦い、売掛金の身代わりによる借金苦、クラブ同士のホステスの引き抜きなどが実際行われてきた世界・・今はどうか知りませんが。
そういう世界ですから女性のプロフェッショナルな接客技術は見事なもんだと思います。当時ナンバーワンて言われていた女性は 月間の歩合で200から300万ぐらいだったという話。そのかわり支出もそれなりにお客さんの誕生祝とか、日曜のゴルフ同伴、遊興費、衣服費も半端ないものだと実際聞きました。
バブル期の末期ではあったのですが・・プロの水商売のお話でした
昼間にお客様周りをしてきた私は、幾組かのご予約はいただいてきてますので夜は店のフロントに立ちそれらのお客様をお迎えするということになります。そうまるでホステスの役割になってしまっていたのです。
いや、違うこれじゃいかんという話です。ということで「コンシェルジェ」という肩書の女性職をつくろうという事になって行きます。
組織編成の見直し作業に入ります。
以下次号へ・・・
ということで今日の落書は👇