デザイナー家にこもる

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コラム
 台風のせいで外出不可ということで、家にこもって徹底して勉強をすることにした。勉強テーマは「メニューデザイン」を仕事にしてるため外食事業の研究・・・マクロの視点からどう進化していったかを探ってみようと・・・
 昔々の事業形態からは大きく変化している外食形態。お客様の変化とそれに合わせた店の変化が著しいのであります。
 戦後日本人の暮らしが徐々に豊かになり手軽なレジャーとしての「外食体験」が日常になり始めたのが1970年頃、関東の「すかいらーく」一地方のスーパーを経営していた会社が郊外型の所謂「ファミリーレストラン」なるものを出店開始瞬く間にブームを作り出した。ほぼ同時期に70年の「大阪万博」にて大成功を収めた飲食企業があった「ロイヤル」である。もう一つは親会社「イトーヨーカドー」系の「デニーズ」これは経営ノウハウを米国企業との契約によって日本に輸入した形になっている。
 通常御三家と呼ばれ我が国における「ファミリーレストラン業界」をリードしていくことになったのである。
 多くの企業が次々と業界に進出「月刊食堂」という月刊誌にてどんどん紹介記事が載せられていったのもこの時期で一時は100企業をこえた様相、まさしく雨後の竹の子のように全国的な出店攻勢がみられたのである。
 もともと需給バランスの関係からどの店も儲かったようで次々にチェーン化されていったのである。
 裏腹に割りを食ったのが「デパート食堂」
家族のための食を提供していたのが、ここにきて急に頭打ちになって行く。その理由の一つに挙げられるのが料理提供時間の遅れ、同時に料理が並んでいくことがなかなかできず、食事をとる楽しさを演出できなかったこと。一か所の厨房に和食あり中華あり洋食あり喫茶ありと何でもかんでも詰め込んでいたため、マネジメント上もなかなか組織化できなかったことは致命的だったのかもしれない、しかも百貨店直営であり経営効率上不備もあった。
 アーバンからサバブへの商圏変化の兆しがあり郊外に住宅、団地が建設されることで郊外型の「チェーン店」がますます隆盛を図っていくのであり特に主要幹線には数多くの「ファミリーレストラン」が軒を連ねるそんな状態が全国各地に展開、1970年代の経済をけん引する事態にもなったのである。
 時は住宅ラッシュプロ野球のオーナーに「日拓ホーム」が「フライヤーズ」を買収たのもこのころ、もっとも球団経営は1年持たず現在の「日本ハムファイターズ」に売却するのではあるが、いずれにしても日本経済上昇まっしぐらの時代で、「一億総中流時代」といわれていたころ。
 あれから50年・・・・さて次の機会に書きます

無題 - 2022年5月1日 17.49.jpg


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