「私なんて、生まれてこなければよかったんだ──」
そう呟いた夜が、どれだけあったか分かりません。
どれだけ頑張っても、人より劣って見えてしまう。
誰かと比べられて、できない自分が恥ずかしくてたまらない。
誰にも理解されないまま、毎日をやり過ごすしかない。
あなたにも、そんな夜があったでしょうか。
私は、祈祷師と占術師の血を継ぐ家に生まれました。
父は強力な祈祷を行う人物として知られ、
母は四柱推命で多くの人の運命を読み解き、
兄も早くから霊感の才能を見出されて、周囲の期待を一身に背負っていました。
そして、妹も母の占術の才能を引き継ぎ、幼い頃から人の命運を読み当てるような子でした。
そんな中で──
私には、何もなかったのです。
教えてもらっても、覚えられない。
祈祷の型をなぞっても、何も感じない。
人の「気」すら読めない。
何度も何度も、兄や妹と比べられては、
「やっぱりこの子は、違ったね」
と、そっと視線を外される。
静かに、でも確実に、「諦められていく」ということが
こんなにも心を蝕むものなのだと、初めて知りました。
加えて私は、生まれた時から性別に違和感がありました。
戸籍は女。でも、心は男。
それは思春期になるにつれて、明確になっていきました。
体の変化に戸惑い、自分の声や髪に嫌悪し、
「誰か、違う身体に入れ替えて」と何度も神様に願っていました。
自分の存在そのものが、
間違いだと思っていたんです。
私はよく、布団の中で泣いていました。
声を殺して、何もない天井をじっと見つめながら、
「どうか、明日が来ませんように」と願っていました。
誰にも言えない。
家族にも、友人にも、誰にも。
ただ、独りで心の底に沈んでいく日々でした。
そして──
人生の底を這うように生きていた22歳のある日。
それは、雨上がりの夕方でした。
自転車で駅へ向かっていた私の身体に、
一台の車が、信じられない速さで突っ込んできました。
「……あっ」と思った次の瞬間。
私は地面に投げ出されていました。
周囲の音がすーっと遠のいて、
体の感覚が、まるで宙に浮いたように消えていく。
視界の端が白く滲み始めたとき、
ふと、空気が変わったのを感じました。
気づけば私は、
どこまでも広がる花畑の中に立っていました。
夜でも昼でもない、曖昧な空の下、
風もないのに花が静かに揺れていて──
どこかで鈴の音のようなものが響いていた気がします。
「ここは…どこ?」
そう思った瞬間、私ははっきりと理解しました。
ここは、「三途の川」なのだと。
そしてその川の向こうに──
和服を着た、誰かが立っていました。
顔ははっきりとは見えない。
でも不思議と、「懐かしい」と感じる。
まるで、ずっと前に会ったことがあるような、
胸の奥がぎゅっと掴まれるような感覚。
その人が、こちらに向かって、
穏やかに、でもはっきりと口を動かしました。
「──お前は、まだ来るな」
その言葉が胸に落ちた瞬間。
私は、再びこの世界に引き戻されたのです。
ガタガタと揺れる担架の感触。
顔の横で誰かが叫ぶ声。
救急車のサイレンが、耳に刺さるほどに響いていた。
私は、
生きていました。
でもそれだけじゃなかった。
この瞬間から、私の中で、
“何か”が、目覚めていたのです。
次の記事では、
この事故のあとに起きた“異変”──
人の感情が“声”として脳に響くようになった出来事と、
私が恋視祈祷師としての使命に目覚めていく過程を綴ります。
どうか、あなたに届きますように。
恋視祈祷師 紫苑