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すべてのブログから「#不甲斐ない」タグの検索結果

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自分への不信感になっていませんか?

最近、知らず知らずのうちに過去の出来なかった不甲斐ない自分と今の自分を結び付けてしまっていたことに気が付けました。こんにちは、サトウナオミです。昔、私は母が楽しく幸せでいられるようにと 母の愚痴を聞いてきました。 もう40年以上も =͟͟͞͞(・∇・ ‧̣̥̇) でも母は一向に幸せそうじゃないんです。 いつも何かに不満で不服なんです。 そんな母を見ていて私は 母を幸せに「出来ない自分」 母の不足を「満たしてあげられない自分」 母に感謝されたことがない、褒められたことがない こんな私って意味あるのかなぁと 「無価値感」「自己否定」を生み出してしまいました。 けど ふと実感したんです 私の「幸せ」と母の「幸せ」の形が違うっていうことに。 本で観たり、話に聞いたりして、知っていましたよ、人それぞれ幸せの形は違うって。頭でわかったつもりでも実際は分かっていなかった。 それに幸せって誰かにしてもらうものじゃなく自分でなるものだったり、気づくものだったりするからいくら娘でも出来なくて当然なんですよね。それなのに勝手に「不甲斐ない自分」「自己否定」「無価値感」「愛されない自分、愛せない自分」「パートナーシップを築けない自分」そういうものを作り上げていたのです。そして勝手に目の前のことに紐づけて勝手に憶病になって【自分のこと信じていない自分】になっていんです。自分への不信感が土台になってるからその上に何かを積み上げようとしても上手くいかないというか自分から壊しにいっちゃう。(長年の謎が解けました)長い年月かけて作り上げてきた思考の癖だから気づいたから「はい!切り換えます!」ってスイッチみたい
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既読のつかないスマホを握りしめて、自分の存在がひどく不甲斐なく感じてしまうあなたへ

送ったメッセージの横についた、冷たい「既読」の二文字。あるいは、一向に読まれる気配のない「未読」のままの画面。最初は「仕事が忙しいのかな」「あとで返ってくるよね」と冷静に構えていられたはずなのに、数時間、あるいは数日が経つにつれて、胸の奥がジリジリと焦げ付くような不安に支配されていく。何度もスマホの画面を暗闇の中で点灯させては、新着通知がないことに、ため息すら出ないほどの深い溜め息をつく。「もしかして、私はこのまま見捨てられてしまったのかも?」そんな恐怖がよぎった瞬間から、「彼は何を考えているんだろう」という疑問が、「私に魅力がないからだ」「私が何か悪いことをしたから、後回しにされているんだ」という、自分自身への激しい「惨めさ」や「不甲斐なさ」へと形を変えて、あなた自身を責め立ててはいませんか?普段はお仕事でも周囲から頼られ、凛として生きているあなただからこそ、恋人の「返信ひとつ」にここまで一喜一憂し、振り回されている自分の姿が情けなくて、誰にも相談できずに独りで抱え込んでしまうのですね。まずは、深く息を吸って、その張り裂けそうなスマホを一度、ベッドの上にそっと置いてください。あなたが今感じているその惨めさは、あなたが決してダメな女性だからではありません。あなたの心が、大好きな彼との繋がりを必死に守ろうとして、空回りしてしまっているだけなのです。🖤 【既読スルー・連絡が来ない】「見捨てられたかも」と目に見える愛に囚われてしまう心理なぜ、彼はただ「返信をしていない」だけなのに、あなたの心は一瞬で「見捨てられ不安」の底に突き落とされてしまうのでしょうか。20年の臨床現場で多くの心の
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見えない障害と、「あなたは、あなたのままでいい」

こんばんは!ココナラで【トランスジェンダー・育児・家族・脳卒中】の当事者電話相談をお受けしている、くまごろうパパです。今日は、以前お話した「12日間の快適な入院生活のその後」についてお話ししていこうと思います。「脳出血」その言葉の響きから連想する重々しさとは裏腹に、入院生活は意外にも快適なものでした。リハビリ病棟への移動もなく、そのまま自宅退院が決定しました。12日間という病名のわりに短いの入院を終える頃の僕は、どこか楽観的ですらあったのです。「あとは時間が解決してくれる。痺れや感覚の鈍さも、少し休めば元通りさ。仕事だってすぐに復帰できる。」そう思って疑いませんでした。当時、僕は派遣社員としてコールセンターで働き始めたばかりでした。突然の事業撤退で前職を失い、「とにかく何かしなければ」と飛び込んだ場所でした。派遣会社の方も親身になってくれ、復帰後の時短勤務や自宅療養の調整まで進めてくれました。傷病手当の申請もして、ゆっくり復帰する環境は出来ていましたし、焦りは禁物。そう理解しているつもりでした。でも、僕の心の中には、どうしても消えない「焦りの火」が灯っていたのです。僕が早期復帰を急いだのには、切実な理由がありました。当時、僕は医療保険に入っておらず、恥ずかしながら蓄えもほとんどありませんでした。さらに、小学1年生の息子が不登校中で、妻は家庭で息子を支える必要があり、我が家は僕の「一馬力」で成り立つ綱渡りの生活だったのです。妻との結婚前に同棲していた頃に、勤めていた会社の勧めで借りた部屋は立地も良く家賃もその分高め。お互い仕事をしていたから充分払えていたけど、今の暮らしには少し背
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