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変えられるのは自分

上司、部下、パートナー、家族に対しもっとやる気を出して欲しい。自ら行動するようになって欲しい。そんな願いから、なんとかして変えようと試みるもやる気を感じられなことに不満を感じ自ら行動しなことにストレスを感じる。さらには変えようとしている自分の無力さを感じ、疲労感、挫折感に襲われる。コーチングを受けて、また提供して気づいたのは、人は変えられないということ。自らの意思で自らを変えることはできるけど、他人を変えることはできない。それはまるで、ペンキで書かれた絵を消しゴムで消すようなことであり流れている水を手でつかむようなことに感じます。いくら試しても変わらない事実に気付くことは、傍から見れば難しいことではないでしょう。人は変えられると思い込んでいた自分がコーチングセッションで「変えられるのは自分」と気づき、その瞬間から無駄に注いでいた意識や労力は「自分を変えること」に注ぎたいと思うようになりました。~ブログを見てくださり、ありがとうございます~毎月、コーチングについてのブログを投稿しています。コーチとしての活動から感じたこと、コーチングの魅力、クライアントでの体験談等をフワッと書いています。気になる方がいらしたら、出品サービスページにもお越しください。https://coconala.com/services/1235538
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「談合」は、なくならない

今回は、私が会社員として働いていた頃のことを書いてみたいと思います。 私は25歳頃から、建設業界の営業職をしていました。当時は、バブル崩壊後で景気が悪化し、公共工事の数も激減していました。しかし、そんな世の中であっても中小企業の経営は比較的に安定していました。 なぜならば、当時は「談合」によって公共工事の入札が行われ、「値崩れ(ダンピング・極端な低価格)」する業者がいなかったからです。全くいなかったわけではありませんが、ほとんどの業者は「談合」を行っており、工事の受注をしていたのです。「談合」によって、発注者が予定している工事予算(入札予定額)に、ほぼ近似値の金額で業者は落札していたため安定していたのです。 さらに、「談合」によって落札された工事(公共工事)は、落札者から「下請け業者」に工事の発注を行っていました。当然、入札によって落札された金額には余裕がありましたので、「下請け業者」への工事依頼金額も無理のない額で発注していました。そのことによって、「下請け業者」も十分利益を出すことができたわけです。結果、公共工事を受注した業者や下請け業者は、利益を出すことができ、従業員に対しての給与も十分生活ができる額が支払われていました。 建設業界の営業マンや工事従事者は、生活費とともに「遊ぶ金」がありました。私等は、夜な夜な繁華街にくりだし、飲食をして日頃のストレスを発散していました。そのため、当時の飲食業界は収入が見込まれ経営状態も順調でした。 当然、深夜まで「遊んで」いたので、公共の交通機関は終わっています。そこで、タクシーなどを利用して帰宅をするのですが、都心繁華街などで飲食を深
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やはり昔の偉人はすごい⁉️

今日は 昔の偉人も今の偉人も ほぼいう事は 一緒❗️ 共通点があるおねがい という話です。 まとめると 自分でコントロールできないこと(他人の言動や行動、災害)等は仕方がないので受け入れて、 自分でコントロール(自分の言動や行動) できることに集中せよ❗️ 自分の心を乱す原因は自分にあると理解せよ❗️ 【怒ること】怒りにメリット(いい事) は1mmも無い❗️他人に与える時には見返りを一切求めるな❗️誰かに褒め称えられたり 批判されたりしても自分の価値は一切変わらないと理解しておけ❗️ 死ぬ事は自然の一部であり良きも悪いも無い❗️ 過去でも未来でもなく今を生きよ❗️ 明日が良くなるために生きるのではなく 今が良くなるために生きよ❗️ ホリエモンとか同じような事言ってたなぁおねがい 結局成功している方は考えが似ているということ ですかね照れ
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何も変わっていない気がする日々に ── 水面下では人生が組み替わっている

◆変化がないように見える時間ほど、深い場所は動いている同じ朝を迎え、同じ場所へ向かい、同じように一日が終わる。振り返っても、特別な出来事は何もない。前に進んだ実感もない。そんな日が続くと、自分だけが止まっているように思えてくる。けれど本当は、目に見える変化がない時期ほど、内側では大きな再配置が起きている。◆人生は、外より先に内側で変わる行動や環境が変わる前に、必ず価値観や感じ方が変わる。以前は気にならなかったことが引っかかったり、逆に執着していたことがどうでもよくなったり。それは小さな違いに見えるけれど、方向を変えるには十分な変化だ。内側が変われば、外側は時間差で動き始める。◆停滞に見えるのは、助走の途中だから何も進んでいないように感じると、焦りや不安が生まれる。「もっと動かなければ」「何かを変えなければ」そう思うほど、余計に空回りしてしまうこともある。でも助走の最中は、前進しているようには見えない。一度引いているだけだ。◆今までの自分が静かに解体されている古い価値観。無理をして続けていた習慣。本当は望んでいなかった目標。それらが少しずつ力を失い、形を保てなくなっていく。壊れているのではない。役目を終えただけだ。◆空白の時間には意味があるやる気が出ない。方向が見えない。何をしたいのか分からない。その空白は、次の形を決めるための余地でもある。古いものが残ったままでは、新しいものは入ってこない。◆不安は、変化に追いつこうとする反応何も起きていないはずなのに落ち着かない。理由もなく焦る。それは現実が悪いからではなく、内側の変化に意識が追いついていないだけだ。人は理解できない変化に、不
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