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共在(きょうざい)とは?~独りぼっちが苦手な理由 喪失体験から深刻にダメージを受ける理由

タイトルとサムネイルを変えました。「共在(きょうざい)」という日本独特の概念から、日本人が独りぼっちを苦手とする理由、喪失体験から深刻なダメージを受けてしまう理由を説明してみました。次回は「こひ」≠loveについてです。
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【20時配信】日本人の同調圧力が強い理由

同調圧力。あなたは何を連想しますか?日本人はなぜ同調圧力に弱いのかについてのヒントは萬葉集の「やまとことば」にありました。倫理学の川井博義氏の講義を基に作ってみました。
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★「百人一首」をタロットリーディング

年末に、大掃除というか、一応の整理整頓と掃除をしようかなと思い、まずは本の整理整頓を始めました。その時に、百人一首の本があり、立ち読みを始めてしまいました。笑それである閃きが生じました。それは、百人一首の和歌をタロットリーディングすると面白いではないのかと。そこで、この閃きを実際にやってみました。和歌は、以下の持統天皇(じとうてんのう)[645年~702年]の作品です。「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」上の句|はるすぎて なつきにけらし しろたえの下の句|ころもほすちょう あまのかぐやま PCでメモ帳に下書きを作成しながら、「これでは何なのかわかりづらい」と独り言になってしまいました。笑結局、先生と女子中学生の対話形式で表現してみました。以下のとおりです。日本史の再学習みたいな感じですが、読むだけで理解できるかと思います。(タロットスプレッドの構造)<天香具山スプレッド>歴史的・象徴的分析に基づき、持統天皇の歌をテーマとした独自のタロットスプレッドを構築してみました。このスプレッドは、相談者の現状における「季節の変わり目(転換点)」と「確立すべき秩序」を診断するためのスプレッドにもなります。1. シグニフィケーター(主体): 「戦う女帝」としての持統天皇の人物像(<女帝>と<皇帝>の統合)。 2. 過去のカード(春): 壬申の乱とトラウマからの脱出(<ソードの6>)。 3. 現在のカード(夏): 藤原京の造営と自己肯定感の獲得(<太陽>、<ワンドの8>)。 4. 象徴と行動(白妙の衣): 決意表
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黒髪に白髪交じり――万葉との出会い

「黒髪に白髪交じり老ゆるまで かかる恋にはいまだあはなくに」 ある日、SNSでこの和歌を目にしました。 何気なく書き写して、 ただ載せただけ。 でも、なぜか胸の奥に残りました。 年を重ねて、 もう恋なんてないと思っていた。 毎日は忙しくて、 恋よりも現実のほうが重い。 でも。 誰かを想うだけで、 一日が少しだけ明るくなる。 それって、 とても素敵なことなのではないか。 万葉集は、 若い恋ばかりではありません。 立場があっても、 年を重ねても、 心が揺れることを、静かに肯定しています。 その一首をきっかけに、 私は万葉集を読み始めました。 そして気づきました。 千年以上前の人たちも、 同じように誰かを想い、 悩み、揺れていたのだと。 あるとき、ふと思いました。 もし本を開いて、 「今のあなたへの一首」を届けられたら。 和歌とその現代訳から、 恋のメッセージを贈れたら。 そんな遊び心から始まり、 Kindleで小さな本を作りました。 そして気づけば、 万葉×恋占いが生まれていました。 当てるためではなく、 想いを否定しないために。 月の余白に、 まだ届かぬ想いをそっと置くために。それが、私の万葉占いの始まりです。
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【連載:第2回】言えない想いを、星に預けて。〜万葉の歌が教える、自分を愛する勇気〜

「本当の想い、誰にも言えずに飲み込んでいませんか?」お帰りなさい、山口あきらです。 今日もこの休息所に立ち寄ってくださり、ありがとうございます。日々、鑑定を通じて皆様の心に触れていると、ある共通の「痛み」を感じることがあります。それは、「こんなことを言ったら嫌われるのではないか」「自分さえ我慢すれば丸く収まる」と、大切な自分の声を押し殺してしまう痛みです。実は、千年以上も昔の人々も、今の私たちと同じように悩み、震える想いを抱えていました。「あかねさす 紫野(むらさきの)行き 標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや 君が袖振る」 (額田王:万葉集)「人目のある場所で、私に手を振らないで。見張りに見られてしまいますよ」 この歌は、許されぬ恋の切なさと、それでも抑えきれずに溢れ出す情熱を詠んだものです。「袖を振る」という精一杯の愛情表現。人目を気にしながらも、魂が惹かれ合うことを止められない……。その嘘のない姿が、時を越えて私たちの胸を打ちます。私、山口あきらも、かつては自分の声を押し殺して生きてきました。 4度の死線に立たされた時、最後に私を救ったのは、世間体でも理屈でもなく、「本当はどう生きたいのか?」という、内側から溢れる魂の声でした。その声に導かれるようにして再会したのが、星々のささやきを伝える占星術と、心の奥底を映し出すタロットカードでした。暗闇の中で震えていた私に、星は「進むべき道」を指し示し、カードは「今のままでいい」と優しく背中を押してくれたのです。この出会いがあったからこそ、私は再び「山口あきら」として歩き出すことができました。もし、あなたが今、誰にも言えない孤
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私の読書傾向

私は日本の古典文学を読むのが好きです。古典文法の知識はかなりあやしいのですが、現代語訳と見比べながら、昔の人たちがどんなことを思っていたのか、何をしていたのか、といったことを考えるのが楽しいのです。いちおう「目を通した」というレベルに過ぎませんが、『万葉集』は最後まで読みました。持統天皇が、宮廷の語り部の老婆を歌で(親しみをこめて)からかい、それに老婆が歌で応戦するという微笑ましいやり取りを読んだとき、「飛鳥時代の人たちも冗談をいい合って楽しんでいたんだ!」と知り、とても感銘を受けました。「昔の和歌」に対するとっつきにくいイメージが、そのとききれいになくなったのです。もちろんわかりにくい歌も中にはありますが、例えば親子、夫婦、恋人同士の間で詠まれている歌には、現代人とまったく変わらない「素の気持ち」が込められていることがよくあります。そんな和歌に出会うたびに、「人って今も昔もそんなに変わっていないんだな」と実感できます。万葉集をきっかけに「歌集」への関心が高まり、これまで『古今和歌集』『新古今和歌集』『和漢朗詠集』『梁塵秘抄』『金槐和歌集』などを読んできました。歌集以外でも、『伊勢物語』や『源氏物語』には和歌がたくさん出てきますし、日本の古典文学には和歌がつきものだといえるのかもしれません。何がいいたいのかだんだんわからなくなってきましたが(笑)、この10年くらいは日本の古典への関心が強い状態が続いていて、これからもいろいろと読みたいと思っています。ちなみに現在は『今昔物語集』を読んでいるところです。膨大な量の説話集なので、いつ読み終えられるのか、まだ見当がついていません(笑)
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