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他人からの評価が気になる方へ

こんにちは。やさしく丁寧な傾聴✨ゆきこです。春 3月、この季節は卒業式シーズン。そして、4月からは進級・進学、就職と新しい生活が始まりますね。不安と期待とワクワクとが入り混じった気持で過ごしている人もいらっしゃることでしょう。教師をしていたころの私は、この季節が好きでした。生徒たちが晴れ晴れとした顔で卒業していく姿。1年間をやり切ったという達成感。新入生を待つ新鮮な気持ち。新学期から受け持つクラスや授業などに対する意欲。必ずこの時期に、一度気持ちがリセットされる。だから、辛いこともあったけれど20年以上も続けられたのだと思います。♡:::::::::::♡::::::::::♡:::::::::::♡::::::::::♡:::::::::::♡::::::::::♡今日は、人間関係のお話です。人間関係で不満があったりストレスを感じるときにこんなことを感じたことがあると思います。「あの人に嫌われてる」「あの人は私を見下してる」「どうせ分かってもらえない」「私のことに興味なさそう」とか…私も過去はまさにそうでしたよ。でも、ある時から考えを変えることにしました。(完全に変えることはすぐには難しいけれど、少しずつ・・・)何故変えることにしたかと言うと一番は、上記のように思うこと自体が不快で辛かったからです。誰だって、嫌われたくないし、見下されたくないし、分かって欲しいし、興味を持って欲しい。だから、残念だし悲しい気持ちでした。ですが冷静に考えると相手が私を嫌っているのか、【本当のところは分からない】ということに、気付き始めたのです。もちろん本当に嫌っているかもしれませんが、その場合で
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言われたことを気にしすぎるあなたへ

3月19日(日)、こんにちは。他人の言葉がつい気になってしまうそんなことはありませんか?何を言われても動じないそんなメンタルを手に入れられたらなぁ…と思うことありませんか😅今回は『あなたの“振り回されやすさ”を診断!人の言葉に振り回されないための8つのヒント』という記事を私のコメントを交えながら紹介させていただきます。ぜひお聴きください。約11分の音声ブログです👇お聴きくださりありがとうございました!本日のご感想など、ぜひメッセージいただけたらと思います。必ずお返事させていただきます!それでは、また✋
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自分の価値は他人の評価で決まるんじゃないよ

こんにちは、pinです♪まだまだ日中暑いですがいかがお過ごしでしょうか?皆さん【自己肯定感】という言葉聞いたことありますか??よく聞くけどイマイチわからない🤔そんな方もいると思います。その名の通り、ありのままの自分を肯定することなんですが、これができない人もいるようです。自分という人間はこの世にたった1人です。自分を認めてあげられるのはまず自分だと思いませんか??✅他人から求められることでしか存在意義、自分の価値を見出せない(他人の評価が自分のすべて)✅人の目ばかりが気になる✅他人とすぐに比べてしまう、落ち込む✅過去にこだわりすぎる✅容姿、学歴などのコンプレックス   などなど他人と比較しても自分は自分です。今までやってきたこと、これからやること、それは他人の評価を気にして、他人からの評価のためにやるのでしょうか??そこに価値があるとは思えません。確かに自己中心的な生き方は問題あると思います。人様のことを考え、感謝し、役に立つように生きなさいと言われてきた方も多いと思います。だからこそ、まずは自分を好きになること。どんな自分も愛し、赦し、認めて、受け入れてあげる。そこから生まれる余裕が他人への感謝や愛に変わると思います。どんな自分も自信を持って大丈夫!!あなたという人はこの世でたった1人なんだから。他人のための人生じゃない。自分のためにある、自分で生きていくものなんです。他人の評価が自分の価値ではありませんよ。他人軸で生きるのではなく、自分という人生を歩いてみませんか??
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【独りを楽しめない症候群】

症状:他者に依存したいときに孤独を感じ、孤独な気持ちを抱えていると苦しくて不安になる。 孤独を受け止められない人は、無理に人に合わせたり、人の輪に形だけでも加わろうとしたり、とりあえず物理的に一人にならない状況をつくろうとする。 でも、心が繋がっている状態ではないため、「なんだか寂しい」という気持ちを拭い去れない。 孤独を受け入れ、自力で何とかしようとする覚悟がない限り、寂しさは続くし依存できるものを求めてしまう。 処方箋:人の評価に頼って生きることから脱却すること。 「人はどう思うか」 「人が認めてくれるか」 など、他人の評価を生きる価値や行動の基準にしてしまうから独りを楽しめない。 でもね・・・ 孤独を愛することができるようになると、ただ生きているだけで幸せだと思えるようになり、寂しいと感じることがなくなるんだよ\(//∇//)\ 自分ひとりだけではなく、すべての人が孤独だという事実に気づけば孤独感を手放せるようになる。 どうぞお大事に。
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辞める勇気・続ける勇気 あの時の決断は正解だと言えるように

先日、私がサラリーマン時代の元ビジネスブレーンと、 地元ホームセンターで再会。生まれ持った縁なのか分からないが、定期的によく逢う人物。 その元ブレーンが、逢う度に「あんな会社辞めてやる!!」 「こんな仕事がしたい」「起業する・起業する」 って、もう約10年程言い続けている(;´д`)トホホ だったら「行動しろよ」って言い続けてきて、もう馬鹿らしくなり・・ 「人生向上思考コンサルタント」 福崎幸一です。 この度も当ブログご覧いただき誠に有難う御座います!! あなたの周りにもいませんか?こんなタイプ 何故そこまで口先だけなのか・・? 続けるなら「この会社で生きがいを見つける」とか、 「この会社で骨をうずめる」とか、発言していれば よいのに・・といつも疑問?? リスクを背負うことのできない人に、 望むものを手に入れることは出来ません・・あなたには、無難な選択しかできないような、 つまらない人間にならないで欲しい。 自分の居場所は自分でつくる ・自分の力が出しきれる分野へいく ・自分都合で行動する ・決断は自分でする ちなみに・・・・ 自由とは=自分の人生に責任を持つという意味です 「辞めないで続ける決断」「そこに居続ける勇気」これは、あなたしか分からない事。 途中でやめるべきか散々悩んだけど、自分は「まだやれる」と・・・ その「途中」とは? 夢の途中 勉強の途中 鍛えている途中 ダイエットしている途中 「途中」であれば納得するまで継続するべきです。 自分はここまで、こんなもんだからと、 自分安売りは、やめてください。 まだまだ「賞味期限」残っているし、 自分バーゲンセールは、人生
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(333日目)自分に向け「自分の好きなところ」を伝えられるか?それが自己肯定感。

最近、脊椎周辺の凝りが酷くて、なんなら脊髄取り外したい衝動に駆られるんですがどうしたらいいんでしょう。取り外してしまったら、それはもう軟体動物でしかないんですが。軟体動物になるのはイヤだけど、思考だけはフニャフニャに軟らかくしておきたいとは思ってます。さてさて本題。「自己肯定感」実は私、この言葉はあまり好きではありません。できれば使いたくないとさえ思っています。なぜなら「自己肯定する感じ」しかしないから。感覚的なものはどうでもよくて、重要なのは自分のことを適正に評価するチカラ。自分の特長や強みなどの武器を正しく評価して使いこなすことが大切ではないでしょか。昨日、某大学近くのカフェである女子学生とミーティングしてきました。その学生は能力的なスペックは高いものの、如何せん自己評価能力が弱い。ゆえに自己PRを苦手としてました。本人もそこが弱点だと思っているようで『自己評価を正しくしたい』ってリクエストだったのです。話していて気づいたのは、「他人を評価するチカラは持っているのに、対象が自分となった瞬間に正しく評価できなくなる」。というよりも正しく評価することを躊躇しているように感じました。彼女に『自分の好きなところを言葉で伝えてみて。具体的に。』とお題を出しましたが、抽象的だったのに加えて『〇〇だと思います』って言うんです。そこは『〇〇です!』と言い切って欲しい。この言葉だけでも自分を適正に評価できない・評価を躊躇していることが明らかです。と言うことで、まずは<周囲から評価されていることが何か>を思い返してもらいました。そうするといくつも出てきます。『せやのに、なんで周囲の評価を使わへ
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人は他人をそれほど気にしていないって本当!??

こんにちは、ユウ_Yuです。 さて、今回のテーマは、『人は他人のことをそれほど気にしていないというのは本当なのか?』です。 人の目が気になって疲れる生活 私は、自分自身にHSPの気質があると感じています。繊細さんとも言いますね。 小さな頃から、人の目を気にしながら生きてきました。 ・人からどう思われているだろう ・先生や上司からどんな評価を受けているだろうか ・友達に嫌われたらどうしよう そんなことが常に頭のなかにありました。 学校でも、会社でも、いつも人の目を気にして疲弊して、なんでこんな性格なんだろってよく落ち込んでいました😓帰路はいつもひとり反省会です💦でも、大人になってから、それがHSPの気質に当てはまることを知り、なんだか安心した覚えがあります。 相談してもなんか腑に落ちない… この悩みを人に話すと、こんな答えがよく返ってきました。 「他人のことを気にしている人なんていないから大丈夫だよ」 「みんな自分のことしか考えてないよ」 思い返してみると、このことを親に話しても、同じような返答でした。 「あなたは気にしすぎ。もっと気楽に考えなさい」 でも、その返答って、ずーっとずっと違和感があったんですよね。 全然、腑に落ちなくって。 なぜなら、私自身が人のことを結構見ているところがあるからなんです。 「他人のことを気にしている」はHSP気質だった! 意識的に見ようと思って見ているわけではありません。 気が付いてしまったり、反応してしまったりするんです。 「あの人、なんか困ってそうだな。声かけた方がいいかな」 「○○さん、今日は結構疲れてるみたいだな」 「○○さん、イライラして
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人の評価

自分の自由にならないもの子供のころから先生に点数を付けられる他人の評価が絶対という錯覚点数を付けられなくてもレッテルを貼られる人の評価が気になって仕方ない自分の意思でなんとかできるのは人の評価に対する自分の態度だけ社会の一員である以上評価をされるのはある程度仕方ない良い評価ならたくさんしてもらいたい悪い評価はできるだけ聞きたくない人の評価に振り回されて自分の世界を小さくしてしまうのはもったいないあなたの人生あなたの自由でいいあなたの意思を尊重していい人の評価よりも優先していいそれが自分を大切にするということやりたいことをやればいい言いたいことを言えばいい過剰な気遣いはいらない悪口は言わせておけばいい気にする時間がもったいないあなたの人生において重要ではないはずだから他人の評価は自分では動かせないどう見られるかの主導権は他人にある他人に合わせてあなたが主役の人生を他人に任せてしまう主役が舞台を降りたらその舞台は成立しない主役の変わりはいないからあなた以外いないからあなたの人生の主役はあなたどう演じようとあなたの自由あなたの好きにしていい人の目を気にするのをやめよう人の評価を気にするのをやめよう自分らしく生きよう自分の人生を取り戻そうそしたら今日より明日は少しだけよくなるはず
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プライドからの脱却10(最終回)

楽に生きるために 私が幼い頃に体験した円形脱毛症によりカツラを被り、日々他人の目線を気にしながら生活してきました。長年他人の目を気にしてきたためか、その性格が身に染みついてしまったようで、カツラを外してからプライドを捨てられたと思い込んでいましたが、実はそうではありませんでした。 上司からのパワハラに耐えられず鬱病を患ってしまった事も一つの要因です。決してすべて自分が悪いという訳ではありませんが、常に他人を意識していた自分にも多少なりの原因があったのだと思っています。 でも世の中には以前の私のように、自分に自信を持てず他人の評価ばかり気にしている人はいっぱいいることでしょう。その人たちにとって、この社会はとても生きづらい世界になってるはずです。 人生をいかに楽に生きるかは、その気持ちの持ち方がカギになってくると思います。つまり他人の目線や評価を気にせず、自分の思うままに生きられたら最高に楽だと思うのです。他人の評価の意味 あなたは他人に褒められたら嬉しい気持ちになるでしょう。逆に怒られたら落ち込んだり、嫌な気持ちになると思います。 ところで他人を評価するとはどういう事なのでしょうか。人は他人のすべてを知ることはできません。家族でさえすべてを理解することはできないので、赤の他人など、なおさらです。仕事関係の人であれば、仕事に取り組んでいるあなたの事しか知り得ませんし、遊び友達であればどんな風に仕事しているかも知りえないでしょう。人は他人のごく一部でしか知りえないのですから、その人のすべてを評価することなどできないはずです。 評価ではなく一面を理解する 人は他人のすべてを評価するこ
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他人は他人、自分は自分です。

【ご相談】心に深い傷を負い、一時的に色々なことができなくなったAさん。その後何年も経って、Aさんは「苦しんでいた当時」しか知らないBさんに連絡を取ってみた。Bさんは「苦しんでいた当時の状態=Aさん」だというストーリーが完成「お前はつまらない人間だ」と決めつけてくる。Aさんはあきれて腹が立つ。現在のAさんしか知らないCさんも、Bさんを批判する。【回答】言いたい人には言わせておけばいいし、自分がしっかりやっていればそれでいい。■Bさんの問題点① 認識のアップデート能力が低い②人は変わった事実より、「自分の理解の一貫性」を守る■前提:Bさんのタイプは基本変わらないこの出来事の構造Bさんの評価は「過去データ」Cさんの評価は「現在データ」 ただそれだけです。人は変わる。しかし◎過去の印象で人を固定する人◎認識をアップデートしない人は、こちらが説明しても変わらない可能性が高いです。■実務的視点①「相手を変えようとしない」こと。変えようとすると、消耗戦になります。 ※説明するのは、その価値がある場合のみ。②「他人の評価」ではなく、「自分が自分自身をどう評価するのか」を大切にする。③Bさんから物理的・心理的距離を取るこれは逃げではなく、合理的判断です。しんどくなるのは、Bさんの評価をどこかで気にしているからです。(=精神的依存)■一段深い視点①「他者評価」を気にするのではなく、「自己理解」と「自分を律する力」を最大化する。「周囲の評価」は後からついてくるものとして捉える。②すべての人に理解されようと思わないこと。人の評価というのは、「目の前の一瞬」だけを切り取って、ああだこうだと言っているだけ
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いい人をやめた日から、人生が整い始めた

「いい人だね」って言われるのは、たしかに悪い気はしない。でも、その言葉の裏側で、ずっと息がしづらかった。気づいたら私は、空気を読むのが癖になっていた。誰かが不機嫌そうだと、理由を勝手に自分のせいにして。求められてもいないのに、先回りして。断れないまま、笑って受け取って。それが“優しさ”だと思っていた。それが“大人”だと思っていた。でもある日、ふと怖くなった。「私は、いったい何がしたいんだろう」って。誰かの期待に応えることばかり優先していたら、自分の気持ちが、どこにあるのか分からなくなっていた。「期待される自分」を演じ続けると、本音は薄れていく期待される自分って、便利なんだよね。人に嫌われにくい。波風が立たない。評価されやすい。だから無意識に、そこに寄せてしまう。「こう言えば安心されるかな」「こう動けば怒られないかな」「ここで断ったら冷たい人って思われるかな」その積み重ねの先に起きるのが、これ。“本音が分からない”本当は嫌なのに、嫌って言えない。本当は疲れてるのに、頑張れてしまう。本当は距離を置きたいのに、優しくしてしまう。そしてある瞬間、心が言う。「もう、分からない」って。周りにどう見られるかより、自分がどう感じているか人生が整い始めたのは、特別なことをした日じゃない。ものすごい決断をした日でもない。ただ、基準を変えた日。「どう見られるか」から「どう感じているか」へこれだけで、世界が変わった。例えば。誰かに頼まれた時、即答しない。まず、自分に聞く。「本当は、やりたい?」「今の私に、余裕ある?」「これは、“喜び”から?それとも“怖さ”から?」その問いを挟むだけで、人生の流れは静か
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いい人をやめた日から、人生が整い始めた

「いい人だね」って言われるのは、たしかに悪い気はしない。でも、その言葉の裏側で、ずっと息がしづらかった。気づいたら私は、空気を読むのが癖になっていた。誰かが不機嫌そうだと、理由を勝手に自分のせいにして。求められてもいないのに、先回りして。断れないまま、笑って受け取って。それが“優しさ”だと思っていた。それが“大人”だと思っていた。でもある日、ふと怖くなった。「私は、いったい何がしたいんだろう」って。誰かの期待に応えることばかり優先していたら、自分の気持ちが、どこにあるのか分からなくなっていた。「期待される自分」を演じ続けると、本音は薄れていく期待される自分って、便利なんだよね。人に嫌われにくい。波風が立たない。評価されやすい。だから無意識に、そこに寄せてしまう。「こう言えば安心されるかな」「こう動けば怒られないかな」「ここで断ったら冷たい人って思われるかな」その積み重ねの先に起きるのが、これ。“本音が分からない”本当は嫌なのに、嫌って言えない。本当は疲れてるのに、頑張れてしまう。本当は距離を置きたいのに、優しくしてしまう。そしてある瞬間、心が言う。「もう、分からない」って。周りにどう見られるかより、自分がどう感じているか人生が整い始めたのは、特別なことをした日じゃない。ものすごい決断をした日でもない。ただ、基準を変えた日。「どう見られるか」から「どう感じているか」へこれだけで、世界が変わった。例えば。誰かに頼まれた時、即答しない。まず、自分に聞く。「本当は、やりたい?」「今の私に、余裕ある?」「これは、“喜び”から?それとも“怖さ”から?」その問いを挟むだけで、人生の流れは静か
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(343日目)人生のデザイン〜自分を正しく評価できれば人生は意外と楽しくなる。

昨日もブログを書くつもりで、颯爽とMacBookを持って馴染みのカフェに赴いたものの、一向に電源が立ち上がらなかった。10分後、「今日は休め、という神のお告げに違いない」と勝手に解釈したので、その後はYoutubeを見て過ごしました。なので1日サボった状態になりました。謹んでお詫びします。さてさて、本題。今日はワイがこれまで出会ってきた人たちの中で、<経験を活かせずに苦しんでる人>を取り上げようかな。例えば話を聞いたり、プロフィールを読んだりしたときに「えぇ経験もってんな〜」と思える人がいる。それこそ、その経験が自分には無いものだったりすると羨ましいワケ。その経験があれば悩むことなんて無いじゃん!って思うんだけど、相談をしてくる人はそうじゃ無いらしい。で、そんな人たちの特徴を俯瞰してみたんだけど、総じて真面目な人なんよね。人間的には”良い人”のくくりに入る人が多い。ただ<気が弱く、自己主張もなく、自信に欠けた人>でもある。その傾向がある人は、自分の経験を活かすことをしない。と言うよりも、自分の経験が「意味あること」だと言うことに気づかない。それって「自分は人より劣っている」「自分には価値がない」と言う思い込みに支配されているからじゃないかな?不必要な<自分を貶める思考>になっちゃっていると思う。だから、自分の経験を客観視できない。「経験を活かす」って考え方が生まれない。自分自身や自身の経験を客観的に見定められないから自分を正しく評価できない⇨正しく評価ができないから経験の価値を理解できない⇨経験の価値を知らないからそれを活用できない。ただそれだけのこと。そして、自分を正しく評価
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プライドからの脱却9

カミングアウト後 私がカツラを外してから目からうろこの体験をして、自分の頭を笑いの武器にしようと気持ちを入れ替えた事は、一つのプライドから脱却したエピソードになります。 しかしそれで全てのプライドを捨てられた訳ではありませんでした。知的障害者の入所施設で働き続けていましたが、今度は父が認知症になってしまい夜勤の仕事ができなくなり、また転職することにしました。次は知的障害者の生活介護事業所でデイサービスのような施設です。泊り勤務はなく18時には仕事が終わるという話だったので、働くことを決めたのですが、そこでちょっとパワハラ的な扱いを受けることになってしまったのです。 毎日のように仕事が終わってから施設長のダメ出しと愚痴聞きを延々と聞かされ、早く帰って父の介護をしないといけないというストレスが重なって、気が付かないうちに鬱病を発症してしまいました。鬱との闘い 仕事中、自分が思うように仕事ができないというもどかしさからか、急に涙が止まらなくなり、仕事ができなくなってしまいました。我慢の限界になって心療内科を受診したら、鬱の初期症状であると診断され、医師から仕事を休むように勧められました。鬱と診断されてから休職していましたが、結局退職することにして、そこから約1年半仕事から離れることにしました。おかげで父の介護に専念することができ、父もデイサービスやショートステイを利用することで私の息抜きもできました。 鬱病とは怖いもので、私の場合は肩から背中全体にかけて重苦しさがあり、なかなか立ち上がれない時も多かったです。初めのうちは理由の分からない倦怠感や発熱に悩まされていましたが、症状も徐々に
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そこからの加速、ヤバいから🏎️🔥

うまくいかない時ほど《ズレた努力》をしてないか点検してみると良き💡結果に影響するのは「他人の評価」より「自分との約束」そして、コントロールできないことに時間をかけて気をもむのではなくコントロールできることに集中する✨誤解したまま走るより、まず方向を整えよう。そこからの加速、ヤバいから🏎️🔥
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他人の評価ほど当てにならないものはない

と常々思うことがあります。詳細についてはお電話いただいた方にお教えします。
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自分で自分を見ていますか。

どこに行こうが人は人との関わりの中で生きる人からの感謝は麻薬だ清々しくなるし気持ちの良いものだあなたがいてくれて助かったあなたがいないと困るずっとここにいてほしい人から求められること人に頼りにされること人に認められることそれは自ら望んで選んだの?それとも求められたからそうしているの?他人を通して自分の価値を見ていたらあなたの人生のマウントはずっと他人に取られたままです場所を変えても相手を変えてもまたマウントを取ってくれる誰かを探すことになります
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通訳者の日常137 他人の評価を気にしない

日常にきらめきを日常にきらめきがほしいなら、他人の評価を気にしてはいけない。おそらく、他人の評価が気になる時は、自分も他人を評価している時。だから、評価が気になる。ジャッジしない日本に住んでいると、小さい頃から評価することされることに慣れてしまうけど、世界にはいろんな生き方がある。生き方はひとそれぞれ。だから他人の評価を気にして生きるのではなく、自分の道をいけばいい。他人はどうでもいいし、自分のジャッジもどうでもいい。自分がやりたいことをすればいい。それが難しいかもしれない気にしない。ジャッジしない。それが難しいかもしれない。私のジャッジなんてだれも必要としていない。自分がいいと思うことだけをすればいい。まとめ他人はあなたを気にしていないし、私も他人を気にしない。だから好きにしたらいい。
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こんなに頑張ってるのに、どうして満たされないんだろう?

「どれだけ努力しても、胸の奥がずっと空っぽみたい――」そんな感覚に悩んだことはありませんか?自分でも必死に頑張っているのに、なぜか心が満たされない。なんで自分はこんなに空しい気持ちになってしまうんだろう――私もそんな時期がありました。どれだけ努力しても、他人の期待に応えても、なぜか心の中で「満たされていない自分」がいて、その空虚感がどうしても埋まらなかったんです。本当にほしかったのは「他人の評価」でも「承認」でもなかったでも、ある時気づいたんです。本当にほしかったのは、他人からの「わかってるよ」「よくやってるよ」って評価ではなく、誰かに「救ってほしい」「抱きしめてほしい」という承認でもなく、自分の声をしっかり聴いてあげる時間だったって。私はずっと、「頑張り続けること=愛されること」と思い込んでいました。人の期待に応えることが、自分の存在価値だと信じていたんです。でも、その努力がどれだけ続いても、心は満たされることがなかった。立ち止まることに価値があるそしてやっと気づきました。がんばらなくても、立ち止まっても、私は大切な存在だということ。満たされないのは、自分が足りないからではなくて、自分の心の声を無視してきたからだと。私たちには、「がんばり屋の自分」を支えてあげる時間が必要です。ただ「自分をわかってあげる時間」を持つことで、心が少しずつ満たされていくのです。あなたはもう十分に頑張ってきただから今日は、そんなあなたに伝えたいことがあります。どうか、こんな言葉を自分にかけてあげてください。「よくがんばってきたね」「苦しかったのに、誰にも見せなかったんだよね」「わたし、ちゃんと見てる
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他人の評価が気になるのは、過去の心の傷が癒えていないからかも

「人からどう思われているか?」は、現時点での相手の感じ方で、自分がどうこうできるものではありません。人からの評価が気になるのは、心の中の、過去から積み重ねられてきた傷が癒えていないからです。少し時間はかかりますが、ちょっとずつ心の中の自分をねぎらって癒してあげてください🍀
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