プライドからの脱却10(最終回)

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コラム
楽に生きるために

 私が幼い頃に体験した円形脱毛症によりカツラを被り、日々他人の目線を気にしながら生活してきました。長年他人の目を気にしてきたためか、その性格が身に染みついてしまったようで、カツラを外してからプライドを捨てられたと思い込んでいましたが、実はそうではありませんでした。
 上司からのパワハラに耐えられず鬱病を患ってしまった事も一つの要因です。決してすべて自分が悪いという訳ではありませんが、常に他人を意識していた自分にも多少なりの原因があったのだと思っています。
 でも世の中には以前の私のように、自分に自信を持てず他人の評価ばかり気にしている人はいっぱいいることでしょう。その人たちにとって、この社会はとても生きづらい世界になってるはずです。
 人生をいかに楽に生きるかは、その気持ちの持ち方がカギになってくると思います。つまり他人の目線や評価を気にせず、自分の思うままに生きられたら最高に楽だと思うのです。

他人の評価の意味

 あなたは他人に褒められたら嬉しい気持ちになるでしょう。逆に怒られたら落ち込んだり、嫌な気持ちになると思います。
 ところで他人を評価するとはどういう事なのでしょうか。人は他人のすべてを知ることはできません。家族でさえすべてを理解することはできないので、赤の他人など、なおさらです。仕事関係の人であれば、仕事に取り組んでいるあなたの事しか知り得ませんし、遊び友達であればどんな風に仕事しているかも知りえないでしょう。人は他人のごく一部でしか知りえないのですから、その人のすべてを評価することなどできないはずです。
評価ではなく一面を理解する

 人は他人のすべてを評価することなどできないですから、その評価はあなたの一部分だけの事です。なので他人から何を言われたとしても気にする事はないはずです。他人の評価に意味がないのであれば、自己評価はどうなんだろうと思いますが、自己評価だと甘えや厳しさが生じてしまって、正当な評価は難しいと思います。という事は評価するということ自体が無意味だと私は考えます。
 もしあなたが他人の評価をしなければならない事が生じたら、評価をするのではなく、この人にはこうゆう一面があるんだという理解をするように心掛けてみては如何でしょうか。

プライドを捨てる勧め

 承認欲求に満たされている人は自己実現の欲求のレベルに到達していますから、無駄なプライドなどなく楽しい人生を送れている事でしょう。あなたが本当に楽に生きたいと思うのであれば、プライドを捨てる事をお勧めします。ただしプライドを捨てるのは簡単なことではありません。頭の中ではプライドを捨てようと思っても、実際はなかなかプライドが抜けきらず、もがいてしまうことでしょう。でも常に頭の中でプライドを捨てられるイメージを持ち続けるだけでも、かなり違ってくると思います。
 私はあなたの人生が少しでも楽になれるようにお手伝いさせていただければ嬉しく思います。あなたが人生を辛いと感じているのであれば、些細な事でもご相談してみて下さい。きっとあなたの役に立てると思いますよ。

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