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保健室登校の期間は・・・

息子も保健室登校がすぐに出来るようになったわけではありませんでした。保健室登校というのも、実は勇気がいるものだと思います。保健室登校をまだしていないときは、登校の準備をして玄関で靴を履いて後 固まることがよくありました。私としては、ここまで準備もできたのだから、玄関の外に飛び出してしまえばなんとかなると思ってましたが、その一歩がなかなか難しく、そのまま玄関から出られずということを何度繰り返していました。その後、保健室登校をするようになってからは、何とか行けるようになってきましたが、朝はやはり私が保健室まで送って行っていました。でも、保健室登校が出来る子は、まだ登校に意欲のある子だと思います。保健室登校さえできていたら、とりあえずは大丈夫だと思いながら、藁をもつかむ思いで保健室登校をさせていたのを今でもよく覚えています。保健室には時折 友達がのぞきに来たり、仲の良い子が保健室に給食を運んでくれたりして、クラスの子と交流はあったようです。その時の息子の気持ちは、気まずいという感情ではなく、嬉しい気持ちが強かったようです。保健室の先生の仕事の手伝いもたまにしたようでした。穏やかに見えた保健室登校でしたが、これも出来る日と出来ない日がありました。保健室登校出来ない日は家にいて、テレビをみたりして過ごしていたようです。当時はインターネットは子供一人の時は、させていませんでした。ですので、息子がうちに一人でいるときは、退屈で寂しかったのか仕事中の私に何度も電話がありました。私も仕事も手につかず いつも気になって、何度も息子へ電話をしたりしてました。この頃は 本当に親も子も 辛い時間だったと
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体の疲れは休めば治るが心の疲れは休んでも治らない。

身体が疲れたとき、一晩 寝たら だいたいは 身体は回復してくれます。 でも、心が疲れたとき、そしてその心の疲れが積み重なったとき いくら寝ても休んでも、心の疲れというものは募るばかりです。 大人であれば、ストレスの解消方法があったり、 お金を使ってどこかへ遠出をしたり、買い物をしたりなど 自分で一時的にでもストレスの解消ができると思いますが、 子供はなかなかストレスの解消方法を自分で 見つけることが難しいと思います。 学校と家とくらいしか行動範囲もなく、不登校であれば友達とも触れ合えません。 また子供の心のストレスが、蓄積されると、人格形成にも大きく影響し 本来の良い所が隠れて歪んだ性格になってしまうのでしょう。 そして、その歪んだ性格というのは、何十年も経つとそれが自分の本来の 考え方、性格と思い込み、生き辛いまま時間が経ってしまうものだと思います。 ですので、子供の心のストレスというものは、親が気づいてあげて 分かってあげることは、とてもとても、大事なことです。 ただ、子供のストレスに気づけるには、親の気持ちも落ち着いてないと 子供のストレスのサインをキャッチすることが出来ません。 心の疲れがたまっているときは、子供は必ず 表にサインを出すものです。 それは、朝起きれないことだったり、 親が些細と思えるに、過剰に反抗的だったり、 キレやすかったり、お腹をよく壊すなど、 また宿題が出来ないという形だったり、と
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「朝が怖い」登校渋りの子どもと向き合う中で気づいたこと

「朝が怖い」そう思ったこと、ありませんか?子どもが起きてくるか分からない今日は行けるのか分からない毎日予定が崩れる正直、しんどいですよね。私も同じでした。どう声をかければいいのか分からない頑張っても逆効果になる関係がギクシャクしていく「ちゃんとしなきゃ」と思うほど、うまくいきませんでした。でもある時、気づきました。問題は「登校するかどうか」ではなく親子の関係が詰まっていることだと。そこから私は、声かけを変えることを意識しました。・正解を言おうとしない・まず聞く・否定しないたったそれだけですが、少しずつ変化が出てきました。子どもが本音を話してくれるようになり、何を考えているか分かるようになりました。娘は自分で目標を決めて動き出し、息子は夜の会話をきっかけに毎日学校へ行けるようになりました。もちろん、完璧ではありません。でも、「崩れない生活」は作れるようになりました。もし今、・どう関わればいいか分からない・毎日しんどい・何か変えたいそう思っているなら、一度、整理してみませんか?私は今、登校渋り家庭向けに・声かけ・関わり方・生活の立て直しを一緒に整えるサポートをしています。
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【子どもが学校を行き渋るのはなぜか?】

保育園や幼稚園には それなりに通えたのに、小学校にあがると嫌がるようになった…これは何故起きるんでしょうか?世の中にはいろんな意見がありますよね。‣環境とのミスマッチ‣愛着に課題がある‣自立面に課題がある‣発達障がいの可能性‣親子の関わり‣いじめなどなど…どれも正解だと思うんですが、特に…発達に特性のある子は、小学校への環境の変化に不安を感じやすいです。一斉授業で、担任の先生は基本ひとりですし、なじみのないメンバーに囲まれて 友達作りに苦戦したり…その理由は?というのが分からなくて悩むんだと思います。例えば、処理速度が低めの子だと、淡々とひらがなの書き取りをするのが苦手と言われ、ワーキングメモリーが低めの子だと、先生の指示を頭に残し続けるのが大変だったり…一見、やる気がないとか 甘えみたいに誤解されちゃうこともあるんですよね。一生懸命やっているのに、「ちゃんとやれ!」と言われれるのはしんどいですよね。どんどん自信もなくなっていって、学校が怖いと言う。そういうパターンもあります。先が見えなくて、何をどうすればいいのか分からなくて辛いですよね。別の視点から見てみたり、状況を整理し理解していくことは、問題解決の第一歩になります。「そうだったのか。うちの子は、それが不安だったんだね。」と言うのが分かると、子育てが少し楽になるし、親がそれに対してどう関わってあげれば 状況が変わっていくのか見えてくるんですよね。何よりも、お母さんがひとりで抱え込まないでもらいたいのです。
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小5の後半はずっと家、 たまに保健室登校~

私が息子の登校を諦めて、息子が家にいる生活が始まりました。 給食を食べなくなるので、お昼ご飯はどうしようと考えるように なりました。 私はフルタイムで仕事があるため、帰りは19時半頃になります。 息子はうちで一人で、何を思って過ごしていたのでしょう。 学校に行かなくなって、ほっとして穏やかに過ごせてたでしょうか? 不登校の子 全般に言えることと思いますが、登校できずに、うちにいる間は 「不安・焦り・怒り・悲しみ」などが混在している時間で、 何もできずに悶々として、辛いのでしょう。 何かしたいけど、その気力がない。 学校へはもちろん戻りたいけど、戻りたくない。 エネルギーが切れた状態だけど、家にいると元気になっているようにも見えました。 うちは幸い 引きこもる部屋もなくオープンな間取りになっているので 自分の部屋から出てこないというような状態にはなりませんでした。 ある日 息子の幼馴染のママ友が保健室登校をしてはどうかと言って来ました。 私は、早速 学校に交渉をして保健室登校をさせてもらうことにした。 先に保健室登校をしていたのは、 息子より年下の男の子が一人だけでした。 保健室のY先生は、担任の先生とは違い 優しさ溢れるタイプの方でした。 Y先生は息子の様子をノートに詳細に書いてくれました。 保健室で息子が何をして過ごしたのかよく分かりました。 息子が保健室登校をしている間、担任の先生は、ほとんど保健室へ顔を出さなかったようです。 私としても 担任とはあまり顔を合わせてほしくなかったので、ちょうど良かったのですが。。 たまに時間の空いた
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冷たさと温かさのあわいで~登校中のアイスキャンディーに思うこと~

こんにちは。子育て&教員のマインドサポーター、hanaです。ようこそお越しくださいました。先日私が見かけた「ちょっと気になる場面」を聞いてください。朝、娘(特別支援学校の高等部生)をスクールバスのバス停まで送っていった時のことです。その日はニュースで「この冬一番の寒さ」なんてやっていたほど、気温が低い朝でした。娘も私も、ダウンのコートをしっかり着込んで、手袋をしているのに両手をこすり合わせ、白い息を吐きながら歩いていました。前方に、ランドセルを背負った子どもがいるのが見えました。「たぶん、この時間にここを歩いているようでは、小学校には間に合わないだろうな。」と思うような時間でした。しかも、私たちとは歩くペースが違いすぎます。ものすごく、遅いのです。私たちは一気にその子を追い越しました。が。私はその子が手にしていたものに仰天しました。アイスキャンディーでした。こんな寒い日に、朝からアイスを食べながら歩いているのです。私は追い越すときに、その子の顔を見て、ペコっと会釈をしました。(今の時代、あいさつしただけで不審者と言われかねないので、知らない人には会釈で済ませるようにしています。)その子は、私と目が合った後、無言でアイスを口に運びました。もう、いろいろなことが気になりました。・寒くないのだろうか?・朝ごはんは食べたのだろうか?その上で足りないからアイスを食べているのだろうか?・どうしてアイスなのだろうか? この寒いのに、わざわざアイスを選んだのはなぜだろうか?・朝ごはんを食べる時間がなかったのだろうか?(その割にはとぼとぼと歩いていて急いでいる様子はないです。)・食べていないとし
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「手抜き料理」に救われた毎日と、子どもたちの変化のお話

最近、私は“手抜き料理”をよくするようになりました。レンチンで済ませる日もあるし、ワンプレートで終わるごはんやカップ麺+アルファの日も実はあります!以前の私は、「ちゃんと作らなきゃ」「頑張らなきゃ」と思い込んでいたけれど、ここしばらく家事の力を緩めてみたんです。すると、驚くほどいい変化がありました。■ 手抜き料理にしたら、子どもたちとの会話が増え、心に“よゆう”ができ、夕飯の時間がバタバタから“ゆったりおしゃべりの時間”に変わりました。今日はこんなことがあったよ。明日の体育でね…。友達がこんな話してさ…。そんなふうに、子どもたちがぽつりぽつりと話してくれることが増えたんです。料理の手間を減らしただけで、子どもたちは思っていた以上に私の「余裕」を敏感に感じ取っているんだなぁと実感しました。■ そして最近登校渋りの子供たちが、学校へ行ける日が増えています。これが、最近嬉しい事です。無理しなくていいよ、できることをできるペースでいいよ、そんな空気を家の中で続けていたら、子どもたち自身も少しずつ、「いまの自分のままでいい」「できる範囲で大丈夫」そう思えるようになってきたみたいです。完璧じゃなくていい。全部は頑張らなくていい。この“ゆるさ”が、むしろ子どもたちの背中をそっと押してくれたのかもしれません。学校へ行けたこと自体も嬉しいですが、その日の夜ごはんを一緒に楽しみながら食べられることも幸せです。■ 家事は「力を入れる日」と「手を抜く日」があっていい完璧にやろうとすると、疲労が蓄積し、翌日に持ち越しがち。でも、あえて手を抜く日をつくると、心に余裕が生まれて、家族を見る目も、自分を見る目
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お子さんに登校渋りがはじまり、困惑しているあなたへ

登校を渋り出した時点で、もうすでにお子さんは限界に達している場合が ほとんどでしょう。 その時期のお母さんは、事の重大さになかなか気づけませんので、 今ならまだ間に合う、少し無理やりにでも登校させてしまえば、 また元通りに通えるようになるだろうと思うのでしょう。 それは、紛れもなく私のことでした。。 思い返すと、息子が登校渋りをはじめてからずっと、 私は登校させることばかりを考えてきたんだなと思います。 登校できずに、一番に困っているのは、お母さんではなく、子供の方ですよね。 うちの場合は、学校に行きたいけど行けないという板挟みで悩み苦しんでいました。 学校へ行きたいという気持ちは、行かないといけないという思い込みもあったのでしょう。 学校へ行けないという気持ちは、教室でのトラウマをきっかけに、 今までに養われてきたマイナス的感情からエネルギーが枯渇して疲れてしまったからでしょう。 学校に行けなくなった時点で、気持ちは極限状態に追い込まれているので、 まずは、それに気づき、なぜそんな風になったのかを親が最初に振り返ることが必要です。 子供は学校に行けなくなった自分をダメな子、いけない子と思っているので、 学校に行くことだけが正解ではない、ということを教えてあげることも同時にする必要があります。 そのうえで、子供がなぜ不登校になったのかひも解くように、 親自身のそもそもの考え方や 今までの子供に対する接し方を丁寧に思い返してみることが、 とても大事だったんだなと実感してます。 勉強や宿題をさせようとやっきになっていなかったか?その時の親の態度が強引な押しつけでなかったか? お子さ
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不登校児童の増加

相模原市の教育委員会の方から、コロナの時期で不登校の児童・生徒が増えていると伺いました。困っているのはお子さんだけではないはず。お母さんもどうしていいやら分からないと思います。不登校の状態が続くと、それが日常になっていき、「現状維持」モードになります。そこから脱するのに大きなエネルギーが必要になるのです。心の休憩をしてみて、少し外に出てみようかと思える時期が来たら、学校でなくてもサポートを受けられる近隣の施設に足を運んでみると良いでしょう。
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我が子のいじめが発覚するまで~不登校になった経緯_その2

何がどうなっているのかも分からないまま、息子はある日突然 登校拒否をするようになりました。 今 思えば ここまで来るのに沢山のサインを出していたのだと思います。 ずっと息子は苦しかったのです。 そこに気づかず 私は登校をしぶる息子に私の不満や不安をぶつけ続けていたのです。。。 一体 どうして学校へいかなくなったのか。。。 もちろん、どうして行きたくないの?と聞きました。 はっきりとした答えを言わない息子。 どういう理由で学校へ行きたくないのか分からないまま・・。 まあ、短期間 休めば気持ちも落ち着くだろうと、あきらめて少し(私の中では2~3日)休ませようと思いました。 ところが、3日たっても5日たっても1週間たっても学校へ行きたくないとのこと。 仕事中も心ここにあらずです。 そんな中 息子の気持ちを聞き出してくれたのは、祖母でした。 いじめがあったと。。 私は目からうろこでした。 まさか、いじめられていたの?! 誰に? どんな風に?  だったら早く言ってよ・・・・・。。。。 と呆然とするとともに怒りがこみ上げてきました。 一体誰に どんな風にいじめられていたの???!!!!! 私は息子からいじめられていたことを聞き出すことはできず、祖母が聞き出してくれたのでした。情けないと思いました。 そうかぁ。。 わが子がいじめにあっていた・・。
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我が子のいじめが発覚するまで~不登校になった経緯_その1

息子が小学校5年の夏ごろ。土日にやっていた野球をさぼるようになりました。 野球に行くと言ってでかけても、どこかで時間をつぶしている。。 コーチからは息子がグランドに来ていない。どうしたのか?と。。 また、宿題や提出物も出さなくなり、担任の先生から私に電話が来る始末。 私はどうして野球を勝手に休むのか?コーチに迷惑をかけてはいけない。と息子を叱りました。 そして宿題も息子を叱りながら一緒に仕上げて翌日提出させました。 今、思うと息子がなぜ 野球を無断で休んだのかということや、宿題をなぜしなかったのかなど息子とじっくり話し合うこともせずに、ただ叱りつけ、私の怒りを息子にぶつけていただけだったと感じます。 そんな中、とうとう息子は学校へ行きたくないと言い出しました。 私はまた怒りました。ただのなまけだと思ったのです。 情けないと。。 私は新しい仕事が始まったばかりで、息子にかまっている暇もないほど心に余裕がありませんでした。 新しい職場は都内の綺麗な高層ビルの高層階にありました。 学校を休み、うちにいるようになった息子に、数時間おきに電話をする日々が始まりました。 なぜうちの子がそうなってしまったのか。 仕事も手につかず、作業のミスも増え、頭の中は息子のことばかり。 どうしていいのか分からず、パニック状態でした。 当時、この状況がこれから数年続くことになるとは少しも知らずにいました。
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