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アカデミック考察(その2)金利が下がると債券価格はどう変化するのか?

国や政府、企業が資金調達のために発行する債券。元本が保証されている金融商品だと言われていますが、実際は債券価格が市場金利の動向により変動するとともに、変動に伴って投資収益を変えると言われています。第2回のアカデミック考察では、金利が下がった場合、債券価格がどのように変わるかについて解説します。債券と金利は反比例の関係結論から言うと、債券の市場価格と金利(利子率)は反比例の関係です。債券にはクーポン付きの利付債券とクーポンなしの割引債の2種類がありますが、いずれも債券と金利は反比例の関係にあります。つまり、この反比例の関係を問いに当てはめると、金利が下落する場合は、債券価格は、上昇するのです。さらに、この関係性を、計算式に表すと以下の通りになります。金利と債券価格の関係性をわかりやすくするため、債券は、満期がなく、毎期の利払いが永久に続く永久債券に設定しました。その上で、債券価格はP、金利はi、毎期に支払われる利息はdと表現しました。P=d/(1+i)+d/(1+i)*2+d/(1+i)*3+...さらに、右辺は、毎期の利息dが、1+iの比率で割り引かれて無限に続く等比数列であるため、P=d/(1+i)+d/(1+i)*2+...=d/iと表せます。これにより、債券と金利の関係は、分子を分母で割る反比例の数式であることがわかりました。債券と金利の反比例の関係を表した数値例新たに設定した数値例では、発行時の債券価格が100円、利率は3%とします。この場合、反比例の計算式は、100=3/iとなるため、i=0.03。つまり、金利は3%という計算結果となります。続いて、金利が2%に低下し
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「正しさ」は売れない。泥の中にある「欠落」の経済学

深夜二時、コンビニエンスストアの白い蛍光灯が、アスファルトに冷たい格子模様を焼き付けている。 私は温くなった缶コーヒーを片手に、その光の檻(おり)をぼんやりと眺めていた。世界はあまりにも騒がしい。 SNSを開けば、秒速で消費される「正解」が溢れている。「成功するための5つの法則」「年商〇億を達成したマインドセット」それらは確かに正しいのかもしれない。しかし、あまりに無菌室で培養されたようなその言葉たちは、私の皮膚を上滑りしていくだけだ。私たちが生きているのは、そんな綺麗な教科書の中ではない。 もっと泥臭く、理不尽で、計算式では割り切れない感情の濁流の中だ。今日は、その濁流の中で私が拾い上げた「ある真実」について話したいと思う。それは、ビジネス書には決して書かれない、しかし商売の根幹を成す「欠落の経済学」についてだ。1. 人は「正しさ」には金を払わないかつて、私がまだ数字という怪物を飼い慣らそうと必死だった頃の話だ。 ある店舗の売上が低迷していた。私は「正しい」改善策を講じた。商品の質を上げ、価格を見直し、接客マニュアルを鉄壁にした。論理的に考えれば、客足は戻るはずだった。だが、結果は惨敗だった。なぜか。 答えはシンプルで、かつ残酷だ。「人は、正しいものなんて求めていない」からだ。想像してみてほしい。 完璧に整頓され、埃ひとつなく、栄養管理された食事だけが出てくる家を。そこは確かに「正しい」が、息が詰まる。人が金を払ってでも手に入れたいと思うのは、その対極にあるものだ。 深夜に食べる背徳的なラーメン。体に悪いと知りながら吸い込む煙草。のどうしようもない情けなさを、極上のエンターテ
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アカデミック考察(その14)リカードの等価定理とは?

リカードの等価定理は、国債は現在の課税を将来に後ろ倒ししたものに過ぎないことから、一定の政府支出の財源調達を国債によるか租税によるかという選択は人々の消費に何らかの異なる影響を与えないということを意味しています(福田・照山、2011年)。別名で、国債の中立命題とも呼ばれます。例えば、現時点で増税を行った場合、家計の可処分所得と貯蓄が減少しますが、その後も課税されないと仮定したら将来時点での可処分所得は一定です。一方、現時点で国債を発行した場合、家計の可処分所得は変わらず貯蓄は増えることから消費にプラス効果を及ぼすように見えるものの、結局、国債によって、将来の増税が発生することから、将来時点での可処分所得も減少します。つまり、現時点と将来時点で同じだけ消費が減少し、そこでは可処分所得に全く差が生じないことを表しているのです(福田・照山、2011年)。なお、リカードの等価定理が成り立つ条件は、収入や所有の資産に関わりなく一定のままに個人の総額が課税される一括税があります。税が一括税ではなく、超過負担や厚生損失といった資源配分に歪みが生じる場合は、家計の消費行動は将来にわたって変化し、等価定理は成立しません。また、現在と将来の課税パターンが同じであることも重要です。減税して公債を発行する、という場合、減税した人々から増税して償還するならば、等価定理は成立する。反対に特定の人々に重点的に減税などを行うと、等価定理は成り立たなくなります。これらを踏まえ、リカードの等価定理の数値例を、バローの重複世代モデルを元に説明します(2014年、川越ら)。このモデルでは、親プレイヤーと子プレイヤーが
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第1回 見えざる意思決定の科学 - 行動経済学とは何か?

経済学の常識を覆す、行動経済学の登場私たちは普段、無意識のうちに様々な意思決定を行っています。例えば、何を食べるか、何を着るか、どこに行くか、といった些細なことからです。しかし、これらの選択が必ずしも合理的とは限りません。むしろ、感情や直感に左右され、非合理的な行動を取ってしまうことも多いのです。 従来の経済学では、人間は常に合理的に行動し、自身の利益を最大化しようとすると仮定していました。しかし、行動経済学は、この仮定を覆し、人間の心理や行動メカニズムを明らかにすることで、経済現象をより深く理解しようとします。 私たちの日常生活に潜む見えざる意思決定の科学 行動経済学は、認知心理学、社会心理学、脳科学などの学問分野と融合することで、人間の意思決定の仕組みを解き明かします。具体的には、以下のような要素を研究対象としています。 • 認知バイアス: 過去の経験や固定観念に基づいて、誤った判断を下してしまう傾向 • プロスペクト理論: 損失を回避する心理が、利益よりも強く働くメカニズム • 時間選好: 将来の利益よりも、目の前の利益を優先してしまう傾向 これらの要素が、私たちの日常生活における消費行動、投資行動、意思決定などに大きな影響を与えているのです。 行動経済学で解き明かす人間の非合理な行動 行動経済学の研究成果は、様々な分野で応用されています。例えば、 • マーケティング: 顧客心理を理解した効果的な広告・販売戦略の開発 • 政策立案: Nudge理論による社会問題の解決 • 個人 finance: より賢明な投資判断と資産形成 など、行動経済学は、個人、企業、社会全体に大き
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労働時間について

大学で履修している労働経済学のメモです!テスト近いので!いつ:2022年7月4日17時30分どこで:最寄り駅のドトール誰と:知らない人たち日本の労働時間は減っている。主に3つの要因。1.前川レポート/2.消費選好の変化/3.労働者の構成変化1.前川レポートは日本の労働時間減少をもたらした。これは日本の経済構造を変えるシナリオが書かれたレポートで、為替レート弄って円安にすることで貿易黒字減らすなどそういう方針が含まれる。貿易摩擦がダメ?内需に集中するべき?など様々な思惑。2.「無制約社員」の減少。転勤やだ、決まった仕事やりたいって人が増加した。 所得増加による余暇(正常財)の消費増 3.労働者構成の変化も労働時間短縮に影響短期労働者増えた。 所定内労働時間は、労働基準法で1日8時間、週40時間未満と決まっている。労働基準監督署の労働基準監督官はブラック企業の敵 所定外割増賃金は長時間労働を抑制するためにあるらしい。残業:25%~/休日:35%~ これがないと企業が従業員を長時間働かせたくなる。欧米は50%が普通。日本はまだまだ低いね。60時間超えたあたりから50%。高度プロフェッショナル制度はこういう規制を例外的に適用除外。疑似的ブラック空間?ワークシェアリングは所定内労働時間から労働時間を減らして雇用守ること。でも固定費は時間に関係なくかかるから時間当たり労働費用が増える。その分時間当たり賃金率を下げなくてはならない。生産抑制になった場合、企業は簡単に解雇できないし従業員も賃金率減少にいい顔しない。
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音楽

先日、ココならのサイトで元気がでる曲をつくってもらったのですが、とても気に入りました。音楽というのはとても楽しいものだと改めて感じます。10代、20代の頃はスポーツに熱中していましたが30代を過ぎてくると読書や音楽やそういった事の知識を増やすことが非常に重要なのではないかと感じるようになりました。自分自身の10代、20代を振り返ると自分なりに頑張ったとは思えるのですが、その中でも勉強をワンランク上の事を学ぶこと。またゼミに入らなかったことがもったいないと感じるのでその分今知識を増やす時間を得れた事は非常によかったのではないかと思います。人生100年時代に入り新しい学び直しの時間は必要になってきますが、どのような選択を取るかは個々の判断になります。これからの時代は個々それぞれがどのような選択を取るのか、そんな事が求められるのではないかと思います。私は法学だけではなく、あるきっかけで経済学に興味を持つことができたのは非常によかったと思います。稀少性の配分というミクロ経済学の考え方は今まで全く触れたことがなかったし自分の中ではゼミに入らなかった分、いろんな人達とのチームで作り上げていく経験に乏しかったのではないかと考えそれを今補うことが大切な事なのではないかと自分自身感じています。
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ノーベル賞ヒストリー③:評価の分かれる文学と平和運動、日本人の独創性が見られない経済学

●「世界文学」に「日本文学」は貢献したか。 「ダイナマイトを発明したのは、まだ許せるとしても、ノーベル文学賞を考え出すなんて言語道断だ。」(バーナード・ショー~1925年ノーベル文学賞受賞) 「文学評価の偏向性」~ノーベル文学賞の最初の10年だけでも、トルストイ、ゾラ、マーク・トウェイン、イプセン、ゴーリキー、リルケらが漏れているのは問題視されています。文学賞を選出するスウェーデン・アカデミーによれば、トルストイの『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』は名作だが、同時にトルストイは文明とは無縁の原始的生活を賛美し、政府の存在を否定して無政府主義を唱え、聖書を勝手に書き直しているとされ、ヨーロッパが依って立つ規範や宗教に批判的な作家はなかなか受賞できなかったと言います。逆に、アイルランドの詩人イェイツが受賞した時ほど選考委員の見識の高さを示した例はまれ、ということも言われています。 アジアで最初の受賞者になったタゴールに対しても、受賞理由は「タゴールは完璧な手法で、繊細で新鮮な美しい詩を生み出した。そしてそれを英語で表現することで、自分の詩的な思想を西洋文学の一部とした」ためとなっています。「日本文学」も当然、欧米語訳に恵まれ、欧米語圏で普及し、評価を得られたかどうかということが、その「文学的価値」以前に問題となってくるのです。ちなみに日本人初の受賞者たる川端康成が選出された経緯は次のようです。 「ノーベル文学賞の候補者リストに極東出身者の名前が初めて登場したのは、一九五〇年のことであった。それは日本の作家でなく、中国の哲学詩人林語堂であった。一九三八年度のノーベル賞受賞者であり、
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占ってみた 日本人のノーベル経済学賞受賞者は現れるか

こんにちは南仙台の父(hrperficio)です。今回はまだ日本人の受賞がいないノーベル経済学賞を占ってみました。自然科学分野や文学など様々な分野での受賞がある中で、経済学賞だけはまだ誰も受賞者がありません。今後、日本の経済学者による受賞が果たしてあるのか、占ってみました。写真は鑑定の結果となります。左側が結果、右側が環境条件となります。まず結果ですが、女教皇のカードの正位置が出ています。女教皇のカードの正位置は理性や知性を表し、期待や満足といった意味があります。おそらくこれから何度か受賞候補として名前が上がる方が何名かは出てくるようで、かなり期待が持てる感じはありそうです。女教皇のカードは理性や知性を表すカードですので、学術実績を評価されるだけの力がある候補者が潜在的にも多くおられるようです。ただ、どういう形となるかは学術的なトレンドだったり、様々な要素もかかわってくるので、近い将来という意味での受賞とはなりそうです。期待といった意味がそれを表しています。まだ、少しずつ受賞に近づきつつあるといった感じと捉えてよさそうです。次に環境条件ですが、恋人のカードの逆位置が出ています。恋人のカードの逆位置は不道徳や空回り、無視や空虚、関係性の破綻といった意味があります。やはり、学術的なトレンドであったり、方向性が強く関係しており、経済が世界的に混迷する中では経済学の位置付けも変化しています。しっかりとした研究と成果、更にはその先にある理論の正当性と検証という難しい側面をどう向き合うかにかかっています。そうしたところからも、国内在住の研究者・学者の受賞ではなく、海外で研究を続けている方の
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教育とは学校とは何なのか

自分の学生時代を思い出すと学校は肌に合わなかったし勉強は好きだったとはいえない。その中で本当に自分が正しい行動をとれていたのかとたまに考える。教育学についてカントやケラーなどをほんのさわりだが学んでみたが、教育学というのはいかに授業がためになり、子供達が興味を持って学びやすい環境をつくるかという内容を追求する学問のように感じた。私が興味を持ったのは経済学上でいう、貧困層に学問を学ばせる事が格差の解消に本当につながるのかという事だ。もちろん不登校などの問題もあり学校に興味をもち通えるようにすることは大切な事だ。しかし、本当に学びたくともお金の問題で学ぶ事ができない場合は学問自体に興味を持つことは難しいと思う。また貧困層に学問を教える事はパターナリズムにならないだろうか。本人の自主性の元、勉強を教わりにきているのならば必要な事だが、例えば誰かに強制されているとしたらそれはまさに本人の意図がおざなりになっている。今の学校が以前と比べどのように変わってきているのか、文部科学省の資料などを読んでいくと不登校問題などは、昔と変わらず高い水準で推移されているようだ。私も中学から高校までは学校がそれほど好きではなかった。やはり学校の学問それ自体に意味が見出せなかったし、大学で法学を学んでも法学を追求する意義も見出せなかった。結局法の正義を追求してもすべての職種にはお金がからむ。お金が絡めば判断も歪曲する。だったらすべて無償で行うのはどうだろうと考え、ボランティア活動をしてみた。確かに仕事で動くのとは違った感覚があった。仕事で動いている時は当然だがお金の事を考える。眠い朝に頑張って起きるのも、上
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経済学

先日学んだミクロ経済学の授業の中で一番興味深かったのは厚生経済学についてつまり倫理学と密接に関連した経済学の考え方です。倫理、道徳心と経済学、また倫理、道徳心と法学という視点からの論理は非常に興味深い。学生の頃に倫理の授業の中で世界宗教学の歴史に興味を持ったことがあったが今では経済、法学と関連した論理学という分野が非常に興味深く感じる。自らの選択肢が法的には処罰の規定になっていないとしても、道徳的価値観、倫理観を基準に考えるならば、選択肢が正しいのかを再考することは意味のあることでその為の理論を学ぶことの必要性も感じる。哲学は確かに興味深い分野ではあるが、懐疑主義の考え方では思考をなくしてしまう。新しい考え方を自ら発見し、また発掘する事を日々繰り返す事が必要なのではないかと思う。法学というのは先人たちの智慧の集合体であり、法律の全てに従って行動する事は、法は全て私達が創作者であるのだから法に従って行動するのは自らが望んだことだという考え方を学び、新しい思考になった。法の創作者に自らなる為に法を学ぶという考え方が一番自分にとってしっくりくるような気がした。
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