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共有していたことと、共有できていなかったこと

その日困ったことを話すために、帰りに少し時間をつくる仕組みを後輩と共有していた。 普段は、私が忙しいのではないかと声をかけにくいようだったので、 「帰りなら落ち着いて話せる」と伝えて、相談しやすい場をつくった。 ただ、帰りの時間だけで話すと長くなることがある。 そこで、困ったことがあれば 昼の時点で簡単に伝えてもらう ようにしていた。 昼に一声かけてもらえると、お互いに心の準備ができて、帰りの会話がスムーズになる。 この“昼の声かけ”については共有していたので、 声かけが減ってしまったこと自体は話しやすかったし、 どこで難しさがあったのかも指摘しやすかった。 最初のころは、後輩のほうから積極的に声をかけてくれていた。 でも、時間が経つにつれて、その声かけは少しずつ減っていった。 現場の忙しさや、タイミングの取りづらさもあったのだと思う。 それでも、後輩なりに「帰りに話せばいい」と判断していたのかもしれない。 昼に声をかけること自体が負担に感じられた可能性もある。 一方で、私の中にはもうひとつ意図があった。 昼の声かけは、午後の話し合いに向けた“動きやすいきっかけ”になる という考えだ。 昼に一度触れておくことで、帰りの会話が自然に始められるし、 後輩自身も気持ちの整理がしやすくなる。 いきなり帰りに話を始めるより、 昼に一声かけておくほうが、相手はずっと行動しやすい。 その軽さを大事にしていた。 ただ、その“きっかけづくり”の意図までは後輩に伝えていなかった。 行動としては共有していたけれど、 行動の意味までは共有できていなかった。 その小さなズレが、声かけが減っていく流れにつ
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