圧倒的な個の暴力 キルギスの犬鷲ラジャブアリ・シェイドゥラエフに学ぶクリエイティブの生存戦略
深夜の静寂の中、モニターの冷たい光だけが部屋を照らしている。現在進行中の新曲制作。しかし、タイムラインはちょうど半分まで進んだところで、まるで息絶えたかのようにぴたりと止まってしまった。構成は悪くない。メロディも理論上は破綻していない。だが、何かが足りない。どうしても自分の奥底にある熱狂とリンクしないのだ焦燥感に急かされるように現実逃避のツールとして格闘技の映像を漁り始めるととまらんくなるそして、まんまとキルギスからやってきたあの「理不尽なまでの暴力の塊」に見入ってしまったラジャブアリ・シェイドゥラエフ。今日は少し彼の常軌を逸したヤバさとそこから痛感させられたビジネスやモノづくりへの強烈な危機感について書き残しておこうと思うブランディングと文脈を粉砕する本物の暴力格闘技というジャンルは、とにかく物語(ストーリー)が重視される世界だ選手が背負っている過去、交差する因縁、ファンの熱量、そして大会に向けて完璧に作り上げられたプロモーションそういった無数の文脈が絡み合い、リング上の熱狂を生み出していくだが、シェイドゥラエフのリングには、そんなお膳立てなど一切通用しない武田光司の泥臭いガッツ、立ち技最強の称号をかつて獲た久保裕太、かつてベラトールでも上位にいたアーチュレッタ、一時期誰も勝てないという偉大な柔術幻想をまとっていたクレベル・コイケ海外勢の中でも相当強いという呼び声の高いビクターコレスニクそして昨年末の大晦日、日本格闘技界の最大のアイコンである朝倉未来が背負っていた巨大なオーラと幻想。錚々たるトップファイターたちが積み上げてきた文脈を彼はまるで子供の砂城を蹴り崩すかのように、ほ
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