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ただ生きる、その先のこと

自分の意思で決めた活動に集中していると、驚くほど時間が足りない。やりたいことばかりで、忙しくて、ただ楽しい。そして、ふと考えてしまう。この短い人生の中で、価値のある生き方ってなんだろう。ただ食べて。ただ働いて。ただ安全に過ごす。かつての自分の生活を振り返ると、やっぱりどこか物足りない気がする。もちろん、生活がギリギリな時は、そこから抜け出すのに必死。それは当たり前。むしろそうしないと危ないし、余裕なんてない。でも、結局いつか自分の体はなくなってしまう。そう考えると、あとに残るのは、自分が何を考えて何を作ったか、っていう「精神的な活動」の結果だけなんじゃないかな。だとしたら、ただ毎日を「そこそこ心地よく」やり過ごすだけじゃ、自分がいてもいなくても同じことになってしまいそうで。いや、別に存在しているだけでいいのかもしれない。「命を次の世代につなぐ」っていう役割は、生きてるだけで果たしているわけだし。それは、それだけですごく尊いこと。まずは、そこをもっと肯定すべきだな、と思います。子供がいるかいないかは関係なく、自分が今ここにいること自体が、長い命のつながりの証明。だから、自分という存在をまず大事にするべき。気の遠くなるような命と時間の連鎖を想像すると、勝手に低く評価したりすることは恐れ多い。その上で、せっかく受け取ったバトンなんだから、自分の人生をちゃんと生きたい。じゃあ、本当は何をやりたいんだろう?ただ楽しいとか、気持ちいいとか、そういうことだけじゃなくて。この人生で、何を成し遂げたら「満足だ」って心から思えるのか。それを見つけられて、一歩でも前に進むことができたら。そこにはきっ
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命の価値

ちょっと重たい話題かもしれませんが。今読んでいる本の中に「男の命は軽い」という言葉があったのですが、例えば戦争で多くの男性が亡くなっても「〇人の犠牲者が出ました。」で終わってしまうが、女性や子供が亡くなる方がニュースとしては大きく扱われたり、反響が大きい。戦争に限らず、ドラマや社会的な扱いの中でも、男性が犠牲になるよりも、女性や子供が犠牲になるほうが重要視されたり、慎重に扱われていたりします。同じく、例えば交通事故などで80歳の方が亡くなるのと、新入社員が亡くなるのでは、賠償金が違うと聞いたことがあります。それは新入社員が生きていれば稼ぐ収入も見込んでということなのでしょうか。日本の元首相が殺された事件の審判も、先日、無期懲役が出ました。一人だけを殺害した事件で無期刑が出るのは珍しいと言います。元首相の命に価値を持たせたのか、それとも、一つ間違えれば他の多くを巻き込んでいたと判断されたのか。命の価値は皆等しいと言われているはずなのに、実際には不平等に扱われているのです。それは寿命もしかり。人によって長さが違う。最初から違うのです。だからどうという意見はありません。違うから私はどう考えるだろう、違うからあなたはどう考えるだろうというところがテーマです。違うから不平等だと文句を言って、悲観的に考えることもできます。違うから自分らしく生きようと思うこともできます。人生は最初からすべて不平等であり、その不平等でさえ個性であり、それぞれの違う道を歩いているのかもしれません。あなたはどう思いますか?
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