羨望や嫉妬と向き合うとき──幸せって、どこにあるんだろ
人間の幸せって、何だろう。
羨望や嫉妬、劣等感。
こうした感情は、
できれば持ちたくないものなのに、
気づけば心のどこかにひっそりと息を潜めている。
自分のことで精一杯のときは、
他人のことなんて気にも留めない。
だとしたら、
誰かを羨んだり嫉妬したりできるのは、
心にほんの少し余裕――
“隙間”がある証拠なのかもしれない。
では、
これらの感情は「ない方がいい」のだろうか。
それとも「あった方がいい」のだろうか。
もし嫉妬という感情がなければ、
もっと穏やかに、
みんな仲良く生きられるのかもしれない。
でも一方で、
こうした心のざわつきがあるからこそ、
人は深い心を育て、
成長していけるような気もする。
ときに“悪”のように感じるけれど、その裏には
「自分ももっとこうなりたい」という、
まだ形にならないエネルギーが潜んでいる。
人と比べて落ち込んだり、
誰かを羨ましく思ってしまったり。
本音を言えば、こんな感情なんて持ちたくない。
でも、どうしても出てきてしまう――
それが人間なのだと思う。
そんなふうに心が揺れ動くとき、
私はよく思うんです。
“幸せって、いったいどこにあるんだろう” と。
幸せを感じられない日だって、
もちろんある。
生きるだけで必死なとき、
他人を羨む余裕すらなくなる日もある。
そんなときに
「幸せは身近にあるよ」なんて言葉は、
むしろ痛みに変わってしまうかもしれない。
だからこそ、
私は“幸せ”を特別な輝きとしてではなく、
心の奥でふと生まれる、
小さな揺らぎのようなものとして捉えてみたい。たとえば、誰かを羨んだその瞬間。
その奥には
「本当は自分もこ
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