絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

ただ生きる、その先のこと

自分の意思で決めた活動に集中していると、驚くほど時間が足りない。やりたいことばかりで、忙しくて、ただ楽しい。そして、ふと考えてしまう。この短い人生の中で、価値のある生き方ってなんだろう。ただ食べて。ただ働いて。ただ安全に過ごす。かつての自分の生活を振り返ると、やっぱりどこか物足りない気がする。もちろん、生活がギリギリな時は、そこから抜け出すのに必死。それは当たり前。むしろそうしないと危ないし、余裕なんてない。でも、結局いつか自分の体はなくなってしまう。そう考えると、あとに残るのは、自分が何を考えて何を作ったか、っていう「精神的な活動」の結果だけなんじゃないかな。だとしたら、ただ毎日を「そこそこ心地よく」やり過ごすだけじゃ、自分がいてもいなくても同じことになってしまいそうで。いや、別に存在しているだけでいいのかもしれない。「命を次の世代につなぐ」っていう役割は、生きてるだけで果たしているわけだし。それは、それだけですごく尊いこと。まずは、そこをもっと肯定すべきだな、と思います。子供がいるかいないかは関係なく、自分が今ここにいること自体が、長い命のつながりの証明。だから、自分という存在をまず大事にするべき。気の遠くなるような命と時間の連鎖を想像すると、勝手に低く評価したりすることは恐れ多い。その上で、せっかく受け取ったバトンなんだから、自分の人生をちゃんと生きたい。じゃあ、本当は何をやりたいんだろう?ただ楽しいとか、気持ちいいとか、そういうことだけじゃなくて。この人生で、何を成し遂げたら「満足だ」って心から思えるのか。それを見つけられて、一歩でも前に進むことができたら。そこにはきっ
0
カバー画像

№210 - 2025/8/7 継続は力なり

継続は力なり という言葉は母校(高校)の校訓でした当時は勉強がしたくなかったから、「何が継続だよ。そもそも継続したくない」とひねくれていましたが今はこの言葉が日常生活においてどれだけ大切か分かります望む未来をつかむために、大切なことですまた、自分がきれい好きで整理整頓していると思っていましたが本当の私は潔癖症だから汚いものが見たくなくて、きれいにできないし、整理整頓もできずに汚い部屋に住んでいたのでしたしかし、年を取ると人間変わるものです追い込まれるというか、覚悟を決めるというかやれるようになるものでやるようになってまた、その大切さがよく分かりますもっと、早くから気づけば良かったですがw・・・20代のころの私は・・本当に何も考えていなく、奴隷と同じただ、生きている目の前のことを一生けん命にはやっていたけどただ、やっていただけどこに向かえばいいのか、いやどこに向かおうかということすら考えていなかった考えないようにしていたこの世界にそれに対する答えはないと思っていたのかもしれません哲学に興味はあったでも、わかりませんでした紆余曲折ありましたが、この歳になって、やはりすべてがありがたいできなかった時の自分、何も知らなかった自分全部ふくめて、そういう自分を認めることができるようになったと思います人間は不完全でも、やはり子供にはなるべく遠回りしてほしくないと、言いたくなるのは親心でしょうか子供だから言いやすいというのはある?たとえば職場の同僚には伝えるのが難しいかもしれない本当のわたしはハッキリしている人が好きで、わたし自身もハッキリ物を言いたいのです時々、本音をハッキリ伝えることで、驚
0
2 件中 1 - 2