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「羽雲(はぐも)の手紙」

夕暮れの空に、ふわりと羽のような雲がひとすじ流れていた。 街路樹の向こう、夕日を受けて淡く染まるその形は、まるでどこかへ急ぐ鳥の翼のよう。 奈央さんは、ふと立ち止まった。 今日一日、職場でも、駅でも、家に帰る途中でも、人の言葉が胸に積もっていた。 心配してくれる声も、何気ないひと言も、時には棘のような言葉も── 全部まとめて抱え込んだら、息が少し重くなっていた。 そのときだった。 目に飛び込んできたのは、空を軽やかに駆けていく羽雲。 まるで「もう手放していいんだよ」と言われたような気がして、胸の奥にそっと風が通った。 ——ああ、空はこんなにも軽やかに、今日を終わらせようとしているんだ。 振り返ると、茜色の光が地平線に沈みかけている。 明日もまた、同じように日は昇り、空は違う形で微笑みかけてくれるだろう。 そう思うと、肩に入っていた力がふっと抜けた。 ゆっくり息を吸い込み、小さな声で「ありがとう」とつぶやく。 その瞬間、不思議なことが起きた。 雲の形が少し変わり、翼の先がくるりとこちらを振り返るように見えたのだ。 まるで空から手紙が届いたみたいに──「ちゃんと受け取ったよ」と。 奈央さんは、笑みをこぼしながら夕暮れの道を歩き出した。 背中には、まだ羽雲のあたたかな風が残っていた。
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「人生とは、日常のことです」

最近、心がささくれ立っていた。理由は、はっきりとは分からなかった。でも、なにをしても満たされない気がして、SNSを見ては人と比べて落ち込み、「こんなことでいいのかな」と不安が胸をかすめた。そんなある日。目覚めた奈央さんは、ふとベッドの中で手をとめた。スマホではなく、天井をじっと見上げてみた。──聞こえるのは、窓の外からの鳥の声。キッチンのほうから、小さく鳴る冷蔵庫の音。ゆっくりとまどろむ朝の空気。しばらくして起き上がり、湯を沸かし、お気に入りのマグにコーヒーを注ぐ。ミルクを少し。くるくるとスプーンでまぜる。「……これといって、特別なことなんてない朝、だなあ」つぶやいた言葉に、自分で少し笑ってしまった。けれどその笑いは、不思議とあたたかかった。この何でもない朝の光、食卓の上のパンくず、洗いかけのコップ、そしてまだ開けていない郵便物──どれも、確かに「わたしの人生」だった。「人生って、大きな夢とか成功のことじゃなくて、 こういう日々の連続だったんですね。」たった一杯のコーヒーが、気づかせてくれた。
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似たものを、わたしたちは映しあってる

「なんかね、最近、つらい人ばかり引き寄せちゃってる気がするの。優しくされたいのに、なんでだろうって思っちゃう」そう言って、友人のミサキが苦笑いを浮かべた。駅前のカフェ。外は雨。カップの中のカフェラテが、まだ湯気を立てている。私はしばらく黙って、その言葉の余韻と一緒に静けさを味わっていた。「奈央ちゃんは、どう思う?」ミサキの視線が、そっと私に向く。「うん……」私はゆっくり言葉を選ぶ。「もしかしたらだけど、人ってね、“欲しいもの”を引き寄せてるんじゃなくて、“自分と同じもの”を引き寄せてるのかもしれないね」ミサキが、少し驚いたように瞬きをした。「今の自分の“空気”とか、“波”みたいなものが、似た空気のものを呼んでくるんじゃないかなって、思うことがあるの」「……ああ、なるほど……」ミサキはしばらく考えてから、少し笑った。「たしかに最近、私、ずっと自分を責めてたかも。人に優しくされたいと思いながら、どこかで“そんな価値ない”って思ってたのかもしれないなぁ……」私はうなずいた。「そう感じるときは、まず自分を包んであげるのが先かもね。“優しくされたい”って思うその手前に、“私は優しくされてもいい”って、自分に言ってあげる」「……うん。今日、それを言ってあげるよ。“私は、優しくされていい”って」その言葉をつぶやいたとき、ミサキの顔に小さな光が戻った。雨はまだ降っていたけれど、窓の外の景色が少しだけ明るく見えた。
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夏の朝のひみつ基地

朝6時。窓を開けると、蝉の声と、草のにおい。ちょっとだけひんやりした風が、カーテンを揺らして、ふわっと頬をなでていきました。小さいころ、夏休みになると、「ひみつ基地」を作って遊んでいたことを思い出しました。庭の隅、段ボールを重ねた小さな空間。お菓子とお気に入りの本を持ち込んで、誰にも見つからないように、そこで一人、朝を過ごすのが好きでした。大人になった今でも、ほんとうは、心の奥に、そんな“ひみつ基地”がある気がします。静かで、安心できて、誰にもじゃまされない。そこで、そっと自分を癒せる場所。もし、今日がちょっと不安でも、そんな「心のひみつ基地」に、あなたも戻ってきていいんです。夏休みの朝。あのころの自分に、もう一度会えるような気がして──今日も、心はあたたかくなりました。
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