リーダーに本当に必要なものは何か。現場で孤立した僕が行き着いた、一つの持論。
今回は、僕のマネジメントにおける「最大の失敗」の話をさせてください。 それは、リーダーの「論理の正しさ」と、メンバーの「感情」の間に深い溝を作ってしまった、苦い経験です。1. 「なんで俺やねん」という逆風の中での就任工場長に就任して1年目のことでした。 業績悪化の煽りを受け、「夏のボーナスが激減」するという最悪の事態が起きました。もちろん、僕自身のボーナスも減りました。 しかし、現場の怒りの矛先はすべて僕に向けられました。 「お前のせいで生活が苦しい」「前の工場長ならこんなことには……」ボロクソに言われ続ける中で、僕の心も折れかかっていました。 「なんで俺やねん。俺だって減ってるんだ。就任1年目の僕に何を言ってるんだ」 そう思ううちに、現場を良くしたいという純粋な「熱意」までもが、僕の中から消えていきました。でも、工場を立て直す責任からは逃げられない。熱意を失ったまま、僕は焦燥感から「ある変革」を断行することにしました。長期的な安定のためには、間違いなく「正しい判断」でした。僕は、数字とデータという完璧なロジックを盾にして、現場を説得しにかかりました。自分の熱意が枯れてしまった分、理屈で埋め合わせようとしたのかもしれません。 「この施策は売上改善のために不可欠だ。経営的な視点で見てくれ」しかし、不信感で凍りついた現場に、そんな冷めた理屈は一ミリも届きませんでした。2. 正論が「高圧的な指示」に変わる瞬間変革が始まると、現場の協力は最低限になり、新しいルールはことごとく無視されました。 僕はさらに焦り、問い詰めました。「なぜだ? 正しいことを言っているはずだろう!」ここで痛感した
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