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すべてのブログから「#50代からの生き方」タグの検索結果

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私は、過去の意味を決めるのをやめた。 ― 人生は、未来によって意味が変わる。―

過去は、変えることができません。だから、過去に起きたことには、すでに意味が決まっている。以前の私は、どこかで、そう思っていたのかもしれません。でも、今は違います。同じ出来事でも、その後、自分がどう生きたかによって、意味は変わる。私は、そう思うようになりました。私には、自己破産した経験があります。もし、もう一度、自己破産する前に戻って、同じ人生を選ぶのか。そう聞かれたら、私は、迷わず答えます。自己破産を選びます。それどころか、今の私なら、もっと早く決断します。だからといって、自己破産が、素晴らしい経験だったと言いたい訳ではありません。会社を失いました。家を失いました。肩書も失いました。その後、しばらく、ほとんど何もする気になれない時間もありました。あの苦しみまで、「必要な経験だった。」と、美化するつもりはありません。もし、当時の自分に会えるなら、私は、こう言います。「会社を辞めろ。」心が壊れるまで、続ける必要はなかった。もっと早く、違う道を選べばよかった。今でも、そう思っています。過去を、無理に良い出来事へ、書き換える必要はありません。でも、起きてしまったことは、変えられません。だったら、その経験を、これから何に使うのか。それは、自分で決めることができます。私は、40歳までに、10店舗を持つという目標を立てました。そして、実際に、二桁の店舗を経営しました。最終的に、会社は破産しました。だからといって、10店舗まで増やしたことまで、失敗だったとは思いません。一つの店を経営することと、10店舗を経営することでは、見える景色が違います。人材。組織。資金。出店。撤退。教育。管理。私は、実
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私は、残りの時間の使い方を変えた。 ― お金は増やせても、時間は増やせない。―

私は、長い間、会社に多くの時間を使ってきました。多店舗展開していた頃は、一日のほとんどが、仕事でした。通常でも、一日16時間ほど、会社のために時間を使っていました。忙しい時には、朝4時に自宅を出て、ハードな仕込みを始める。そして、自宅へ帰る頃には、日付が変わっている。そんな生活を、数か月続けたこともあります。その頃の写真を見ると、痩せたというより、やつれていました。それでも、頭の中から、仕事が消えることはありませんでした。寝ている時に、仕事のアイデアを夢で見て、目が覚めたら、そのアイデアを形にする。今振り返れば、起きている時間だけではなく、寝ている時間まで、会社に使っていたのかもしれません。でも、当時の私は、それを特別なことだとは思っていませんでした。経営者なのだから、当然だと思っていました。社員が一度に辞めれば、誰かが、その穴を埋めなければなりません。店は、「人がいないから。」という理由で、簡単に止めることはできません。だったら、最後に穴を埋めるのは、経営者である自分です。私は、今でも、その考え方は変わっていません。経営者には、逃げられない責任があります。だから、昔の自分の働き方を、間違っていたとは思いません。必要だった時期も、あったと思っています。でも、自己破産をして、私の考え方は変わりました。会社も、店も、いろいろなものを失いました。そして、初めて強く意識しました。自分に残された時間は、有限なんだ。ということを。お金は、なくなっても、また稼ぐことができます。店も、なくなっても、もう一度始めることができます。実際に私は、もう一度、営業を再開しました。一度失った自宅や店を、買
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私は、自分を最後にすることをやめた。 ― 誰かを大切にする中に、自分も入れていい。―

私は、長い間、経営者として、周りの人を、大切にしたいと思っていました。困っているスタッフがいれば、力になりたい。相談したいと言われれば、できるだけ、時間をつくりたい。会社が苦しい時でも、働いてくれている人の生活は、できる限り守りたい。お客様も、取引先も、家族も、大切にしたい。私は、そんなことを、ずっと考えていました。当時の私は、それを、特別なことだとは、思っていませんでした。自分が、そうしたかったから、そうしていただけです。でも、今振り返ると、一人だけ、その中に入っていない人がいました。自分です。従業員。会社。お客様。取引先。家族。大切にしたい人を、考える時、私は、自分自身を、いつも最後にしていました。経営者だから、仕方がない。社長だから、我慢する。誰かがやらなければならないなら、自分がやればいい。最後の責任は、自分が取ればいい。それが、経営者なのだと、思っていました。会社を経営していれば、思い通りにならないことは、たくさんあります。一生懸命伝えても、伝わらない。良かれと思ってしたことが、違う意味で受け取られる。期待していた人が、離れていく。問題が起きれば、私は、そのたびに考えました。「俺の何が、悪かったんだろう。」もっと、伝えた方がいいのか。もっと、話を聞いた方がいいのか。もっと、自分が変わった方がいいのか。私は、相手を責めるより、自分の中に、原因を探すことが、多かったのだと思います。それ自体が、悪かったとは思いません。自分にできることを、考える。自分が変えられることを、探す。それは、今でも大切だと思っています。でも、私は、そこで止まることができませんでした。もっと。もう少し
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私は、自分の扉を閉めないことにした。 ― 大切な縁は、無理につくらなくても残っていく。―

私は、人との縁を、無理に増やそうとは思わなくなりました。たくさんの人と知り合う。たくさんの人と連絡を取る。人脈を広げる。若い頃や、会社を多店舗展開していた頃は、今より、はるかに多くの人と関わっていました。仕事をしていれば、自然と人は集まります。経営者。取引先。スタッフ。地域の人。いろいろな会で出会う人。でも、自己破産をして、多くの会から抜けました。人との関係も、ずいぶん少なくなりました。今は、それでいいと思っています。縁は、追いかけなくてもいい。無理につなぎ止めなくてもいい。でも、自分から扉を閉める必要もない。私は、そう思うようになりました。すべての人に、扉を開けておく必要はありません。でも、この人との縁は、大切にしたい。この人なら、いつかまた話したい。そう思う人に対して、わざわざ、自分から扉を閉める必要はありません。私には、20年ほど、会っていない人がいます。私が飲食店を始めた頃、一緒に働いてくれた、当時高校生だったスタッフです。今では、母親になっています。20年、会っていません。だからといって、私の中で、縁がなくなった訳ではありません。その子の弟にも、たまに、何気ないLINEを送ることがあります。ご両親も、仕事を退職され、今でも、たまに店へ来てくれます。頻繁に会う訳でもない。頻繁に連絡を取る訳でもない。それでも、私にとっては、大切な縁です。縁とは、会った回数や、連絡した回数では、測れないのだと思います。私には、30年以上付き合っている、宮本という友人もいます。宮本は、旅行へ行きたい時、私に、こんなことを言います。「お前は、いつまでも頑張ってよね。」たぶん、これからも、誘った
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私は、縁をつなぎ止めることをやめた。 ― 一年連絡しなくても、変わらない関係がある。―

若い頃の私は、たくさんの人と、つながっていました。会社を経営し、店舗を増やしていけば、出会う人も増えていきます。経営者。取引先。地域の人。仕事関係の人。いろいろな会にも、参加していました。人とのつながりは、どんどん広がっていきました。でも、自己破産をして、私は、多くの会から抜けました。当然、疎遠になる人もいました。でも、不思議と、寂しいとは思いませんでした。むしろ、気楽になりました。会社を経営していると、人とのつながりにも、いろいろなものが混ざります。仕事。立場。肩書。損得。もちろん、それが悪いとは思いません。仕事をしていれば、必要な関係もあります。でも、会社を失い、肩書を失ったことで、そうした関係の多くも、自然となくなりました。その時、私は、それでも変わらない縁があることに、気付きました。自己破産した後も、毎年、年賀状を送ってくれた人がいました。その一人は、20年ほど前、この店で働いていた、当時高校生だった女の子です。今では、母親になっています。その子は、4人兄弟でした。そのうち3人が、この店でアルバイトをしてくれました。今では、頻繁に連絡を取る訳ではありません。それでも、つながっています。もう一人は、私の会社で働いていた、元社員です。今は独立して、自分の飲食店を経営しています。私がこれまで雇用してきた人の中でも、人柄という意味では、一番と言っていいくらい、素敵な人です。私が、店の営業を再開する前。まだ店内を、ひたすら掃除していた頃、彼は、私の知らない友人まで連れて、掃除を手伝いに来てくれました。頼んだ訳ではありません。それでも、来てくれました。今年、久しぶりに、彼の店へ飲み
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私は、一人でできることを増やしてきた。 ― でも、人生は一人では共有できない。―

私は、これまで、一人でできることを、ずいぶん増やしてきました。経営する。店を作る。料理をする。人を育てる。数字を見る。問題が起きれば、自分で考える。自分で決める。自分で動く。経営者である以上、最後の後始末は、自分の責任です。人を雇ったのも、自分です。だから私は、何度かやって見せます。一緒にやります。その後、本人にやってもらいます。必要なら、コツも教えます。そこまでやった後は、その人次第です。それでも、やらなければ、最後は、自分がやるしかありません。私は、ずっと、そう考えてきました。だから、仕事に関しては、一人でも、かなりのことができると思っています。営業を再開する時も、私は、一人でも営業できる店を作ろうとしました。誰かがいなければ、営業できない店にはしたくなかったからです。自分でできることを増やせば、誰かに依存しなくていい。自分で決めて、自分で動いて、自分で結果を受け止めることができる。経営において、それは、一つの強さだと思っています。でも、人生まで、すべて一人で完結できる訳ではありません。人生を振り返ると、一人ではできないこともありました。その一つが、子どもです。私は、子育てをしていた頃、自分を、良い父親だったとは思っていません。仕事ばかりしていました。会社を優先したことも、たくさんありました。でも、自己破産して、人生が大きく変わったあと、娘との関係も、少しずつ変わっていきました。今、娘は、薬学部で学んでいます。私は、その挑戦を応援しています。学費も、仕送りも、必要です。でも、負担だとは思っていません。娘が、自分の目標へ向かって進んでいる。その未来を、私も一緒に見ています。も
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私は、「余裕」を持てるようになった。 ― 何もしない時間を、無駄だと思わなくなった。―

昔の私は、ほとんど休みませんでした。365日のうち、完全に休んだと言える日は、2日くらいだったと思います。忙しい時には、朝から晩まで、会社のために動いていました。でも、本当に休めていなかったのは、身体ではなく、頭だったのかもしれません。旅行にも行きました。海外にも行きました。でも、旅行に行ったからといって、仕事をしなくていい訳ではありません。旅先でも、会社から連絡が来ます。電話をする。指示を出す。確認をする。身体は、会社から離れていても、頭の中は、会社から離れていませんでした。経営者だから、仕方がない。当時の私は、そう思っていました。一つの課題を解決する。すると、その先に、また次の課題が現れる。それを解決すると、また次が現れる。売上。利益。人材。出店。資金繰り。会社を経営している限り、課題が、すべてなくなる日はありませんでした。私は、ずっと、その無限ループの中にいました。だから、「余裕」がありませんでした。40歳までに、10店舗を持つという目標も、達成しました。その後、一年ほど、最低限の仕事だけをして、海外にもたくさん行きました。でも、自分が会社から離れれば、業績が下がっていく。売上も、評判も、士気も落ちていく。それを見ながら、心から楽しめるはずがありません。休んでいても、休んでいなかったのだと思います。今は、まったく違います。私は今、週に2日も休んでいます。休みの日には、朝からお酒を飲むこともあります。昔の私には、考えられないことです。朝から自宅で、お酒を飲む。今日は、車を運転する予定もない。仕事へ行く必要もない。だから、好きな時間に飲む。そして、アオと一緒に過ごします。ずっ
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私は、何歳になっても「こっから」だと思っている。 ― 分からない未来だから、楽しみにできる。―

以前、私は、「こっからだよ。」という言葉について、ブログを書きました。能登半島地震で被災した、一軒のお寿司屋さん。営業再開へ向けて、店を掃除していた店主が、息子さんへ言った言葉です。「こっからだよ。」その言葉を聞いた時、私は、涙が止まりませんでした。中越地震。中越沖地震。自己破産。そして、営業再開へ向けて、自分の店を掃除していた日々。いろいろな記憶が、一気によみがえったからです。あの時、私が受け取った、「こっからだよ。」という言葉は、苦しい時に、もう一度前を向くための言葉でした。でも今、同じ言葉を、少し違う意味で考えています。私は今、52歳です。そして、今の自分に、同じ言葉を掛けるとしたら、やっぱり、「こっからだよ。」だと思います。今の私は、人生に行き詰まっている訳ではありません。借金の返済に、追われている訳でもありません。店も営業しています。週に2日、休むこともできます。娘は、自分の目標に向かって、大学で学んでいます。以前より、ずっと余裕のある生活が、できるようになりました。それでも、私は、「ここまで来た。」とは、あまり思いません。むしろ、「こっからだ。」と思っています。今年、私は、自分の経験を、誰かへ届けるための準備を始めました。ブログを書く。書籍を出版する。自分が経験してきたことを、言葉にする。来年、それが、どこにつながるのか。私には、まだ分かりません。経営に悩む人の、役に立っているかもしれません。どこかで、自分の経験を、誰かに話しているかもしれません。今と、ほとんど変わっていないかもしれません。それで、いいと思っています。婚活だって、どうなっているのか、分かりません。誰
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神様からのプレゼントみたいな出会い

私、運と縁とタイミングがあるって思うんだ。和服のナナコさんからいただいた「タイミング」というお題。前回に続いて、第2弾のブログを書いてみたよ。振り返ると、「あの出会いがあったから今がある」そう思える人との出会いが私にもあった。もしかしたら、神様からのプレゼントだったのかもしれない。そんな話です。私ね、運と縁とタイミングってあると思うんだ。後から振り返ると、「あの出会いは、あの時だったから意味があったんだな」と思うことがある。以前の私は、いろんな意味ですごく苦しかった。毎日仕事に行って、やることをやって、普通に生活していたんだけど、心のどこかでずっと息苦しかった。このままでいいのかな。私、本当はどうしたいんだろう。そんなことを考えていた時期だった。あの頃の私は、頑張ることには慣れていたけど、誰かに頼ることはあまり得意じゃなかった。しんどくても、「大丈夫」って言いながら前に進んでいた気がする。そんな時に出会った人がいた。今思うと不思議なんだよね。なんであのタイミングだったんだろう。なんであの人だったんだろう。偶然と言えば偶然なのかもしれない。でも私には、ただの偶然とは思えないんだ。その人は、今まで出会った人たちとは少し違っていた。何かを教えてくれるわけでもなく、答えをくれるわけでもなく、ただそこにいてくれる。それだけで安心できる人だった。そしてその人は、私にこんな言葉をかけてくれた。「必要だからいるんだよ」「意味があるから今つながったんだ」そして、「ちゃんといるんだよ」って。今でも覚えている。たぶん私はあの頃、自分がここにいていいのか、自分には価値があるのか、そんなことをどこかで問
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「今の自分は好きですか? 私が“自分の人生”を歩き始めた日のこと」

私はね、昔から自分のことを「好き!」って言えるタイプじゃなかったんです。かといって、不満だらけなわけでもない。ただ、なんとなく満足しきれないというか…ずっとグレーの中に立っている感じでした。振り返ると、たぶん “自分で選んだ人生じゃなかった” からかもしれません。進学は自分の成績に合わせた学校。看護師になったのも、高校の先生に「推薦書くから受けてみたら?」と言われて受けて、受かった。看護師になれたことは本当に良かったと思っているし、それは今も変わらない。でも──それが「自分で選んだ人生か?」と言われると、少し違っていたんです。そんな私にも、人生の中でいろんな出来事が起きました。その中でも大きかったのは “離婚” です。これは、私が 初めて自分で選んだ決断 でした。そして、初めて親に反抗した出来事でもあります。「それ以上言うんだったら、私は親と縁を切る。お母さんとも縁を切る。」そこまで言って離婚を選んだ。あのときだけは、誰に何を言われても、自分の人生を自分で掴みたいと思っていました🔥そして今、この歳になって、ふと思うことがあります。歳を重ねたから “やりたいこと” が見えてきたのか。あの流れを経験したから “今できることをやりたい” と思うのか。正直、どっちが理由なのかはわかりません。でもね、「今だからできるやりたいこと」が私にはある✨と、はっきり思えるようになりました。そして何より、それを応援してくれて、支えてくれる人が、実は私の周りにたくさんいるんだということに気がついたんです💛だから、今の私は思っています。私、がんばれる。そして、ここからの人生はちゃんと自分で選んでいける。
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ココナラの森🌳秋さんぽ🌾60歳乙女【第201話|50歳までずっと「お母さん」だった私。置き去りにしていた「自分」と「乙女心」を迎えに行く旅】

こんにちは😊 60歳乙女🩷のひろです。今日は、「50歳まで、ずっと母親だった」そんなお話です。私は22歳で結婚して、すぐに妊娠しました。そこからは、ほぼ子育て一直線の毎日。「妻」になり「お母さん」になり、気がつけば自分のことより子どものことを一番に考える日々になっていました。家族でご飯に行っても「何食べる?飲み物は?」と気を配り、店員さんを呼んで注文するのも私の役割。それを大変だとも思わず、それがごく普通の日常でした。そんな私が50歳くらいの頃。同窓会か何かで、本当に久しぶりに居酒屋へ行ったんです。男性陣が「何飲む?次、これ頼もうか♪」とどんどん注文してくれる中、ふと気づくと私はただ座っているだけ……!その時、「えっ!?私、何もお世話せんでええの……?😳」と衝撃を受けました。そして、「なんて楽なんやろう!!」って🤣みんなで飲んで、しゃべって、笑って。「へぇ〜!みんなで飲んで騒ぐのって、こんなに楽しいんや!」と、まるで初めて大人の世界を知った子どものような気分でした。本当に居酒屋さんのシステムすら知らなくて、チューハイを頼んで冷たいのが出てきた時に「冷たいから氷いらないです!」って言っちゃったこともあります🤣店員さんに「それはできません!」と言われて、今なら「そりゃそうやろ🤣」と分かりますが、それくらい飲み屋さんの世界を知らなかったんですよね。今振り返ると、私は50歳くらいまで、ずっと「母親」という役割を一生懸命生きていたんだと思います。もちろん子どもたちと過ごした時間も愛おしく大切な人生ですが、「誰のためでもなく、自分が楽しむ時間」「お世話をせず、何もしなくていい時間」を、50
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うまくいかない時こそ、人生が動き出す

思い通りにいかない時ほど、「もうダメかもしれない」そんな気持ちになることはありませんか?仕事、人間関係、お金、恋愛…。人生には、自分ではどうにもできない出来事が突然訪れることがあります。━━━━━━━━━━━━━━でも、不思議なことに、大きく人生が変わる人は、その苦しい時期をきっかけに新しい道を見つけています。順調な毎日では気づけなかったことに、立ち止まった時だからこそ気づけることがあるのです。━━━━━━━━━━━━━━苦しい出来事は「終わり」ではありません。それまでの考え方や生き方を見直すタイミングなのかもしれません。「本当にこの仕事を続けたいのだろうか」「私は何を大切にしたいのだろう」そんな問いが、新しい未来への第一歩になることがあります。━━━━━━━━━━━━━━私は何か問題が起きた時、「なぜこんなことが起きたのだろう」ではなく、「この出来事から何を学べるだろう」と考えるようにしています。この視点に変わるだけで、出来事の見え方は少しずつ変わっていきます。━━━━━━━━━━━━━━そして、結果を急ぎすぎないことも大切です。最初から完璧を目指す必要はありません。小さく試して、振り返り、また少し改善する。この積み重ねが、やがて大きな成長につながります。失敗ではなく、「経験を積んだ」と考えられるようになると、一歩踏み出すことへの恐れも和らいでいきます。━━━━━━━━━━━━━━今、もしあなたが思うように進めずに悩んでいるなら、それは人生が終わったサインではありません。むしろ、新しい可能性が始まる前触れかもしれません。焦らなくても大丈夫です。今日できる小さな一歩を積み重ねる
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40代から突然やる気が出なくなる理由

〜それは終わりではなく、新しい人生へのサインかもしれません〜こんにちは。一瀬恵琉です。「昔はもっと頑張れたのに…」「仕事も家庭も必死にやってきたはずなのに、最近なぜか心が動かない」そんな気持ちになることはありませんか?特に40代・50代になると、・仕事への情熱が薄れてきた・今の生活を続ける意味を考えてしまう・この先の人生に漠然とした不安があるそんなご相談をいただくことがあります。でも、それは決して「努力が足りない」からではありません。もしかすると、人生の次のステージに入るタイミングなのかもしれません。━━━━━━━━━━━━━━━■ 頑張ってきた人ほど迷いやすい理由━━━━━━━━━━━━━━━20代、30代の頃は、目の前に分かりやすい目標があります。仕事を覚えること。収入を増やすこと。周囲から認めてもらうこと。新しい経験を積むこと。目標がはっきりしている時、人は自然と前に進む力が湧いてきます。しかし、ある程度経験を積んでくると、ふと立ち止まる瞬間があります。「この先も同じ毎日を続けるのかな」「本当に自分が望んでいる人生なのかな」そんな問いが心の中から出てくることがあります。これは後ろ向きな気持ちではなく、自分自身を見直す大切なサインだと思います。━━━━━━━━━━━━━━━■ やる気がなくなったのではなく、目的を探している時期━━━━━━━━━━━━━━━人は、意味を感じられるものには自然と力が湧きます。反対に、どれだけ条件が良くても、「何のためにやっているのか」が分からなくなると、心は疲れてしまいます。周りから見れば恵まれている状況でも、本人の心が満たされないことがありま
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頑張れない自分を責めてしまうあなたへ

================頑張れない日も、人生に必要な時間〜休むことは立ち止まることではありません〜================「本当は休みたい」そう感じているのに、「周りに迷惑をかけてしまう」「もっと頑張らないといけない」「自分だけ休んでいいのかな」そんなふうに、自分を責めてしまうことはありませんか?特に責任感が強い方や、人のことを優先できる優しい方ほど、限界が近づいていても無理をしてしまうことがあります。でも、少し考えてみてください。スマートフォンも充電がなくなれば動きません。花も水や光がなければ元気を失ってしまいます。それと同じように、人の心や体にも「満たす時間」が必要です。================休むことは怠けることではない================体調を崩した時。気持ちが前向きになれない時。何もやる気が起きない時。そんな日は、自分からの小さなメッセージなのかもしれません。「少しペースを落としてね」「今は自分を大切にしてね」という心と体からのサイン。私たちは、何かを達成した時や、人の役に立った時だけ価値があるわけではありません。頑張っている自分も。少し疲れている自分も。どちらも大切な自分自身です。================何もしない時間が未来を整えてくれる================忙しい毎日の中では、ゆっくり眠ること。好きなものを見ること。温かい飲み物を飲んで一息つくこと。そんな小さな時間すら後回しにしてしまうことがあります。でも、不思議なもので、少し距離を置いて休んだ後ほど、新しい考えが浮かんだり、気持ちが整理されたり、また自然と動
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あれもこれも人生の教材

人は、この世界で何を学ぶのだろう苦手を克服すること問題を解決すること人生の中に現れる小さな課題大きな課題をひとつずつクリアしていくことがここでの学びなのかもしれないだとすれば専攻は選べないのかしらいいえすでに自ら選んでいるのだとしたら今、私の前にいる重たいあの人試練を感じる、この環境それもきっと何かを越えるための教材ゲームのように恐れすぎず少しだけダイナミックに挑んでみてもいいのかもしれない自分だけの人生模様を描いていけるのはこの私だけなのだから
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「未来を心配しても意味がない」と気づいた日

先日、心理学者の和田秀樹さんの『心配事の9割は起こらない』という本を読みました。正確に言えば、心配事の80%は実際には起こらず、残りの20%のうち16%は改善の努力によって解消できる。つまり、残るのはたった4%。私たちが頭の中でぐるぐる考えている心配事のうち、本当に現実になるものは4%しかない、というのです。この数字を目にしたとき、私は軽く衝撃を受けました。なぜなら、私自身、気づけば「まだ起きてもいないこと」を心配して過ごしていたからです。そして50代になった今、「これからの人生、どう生きようか」と急に考え始めるようになりました。あなたも同じようなことを考えたことはありませんか?同世代が歩む、さまざまな人生私の周りにも、いろいろな生き方を選んでいる同世代がいます。ずっと同じ会社に勤め、定年退職を目指して会社にしがみつく人。起業して、苦労しながらも「やりたいこと」をやっている人。海外へ移住して新しい仕事を始める人。人生の歩み方は、本当に多種多様です。私は何十年も会社勤めをしていましたが、今は独立し、一人で会社を運営しています。正直、最初は「会社に座っている自分」という刷り込みが強くて、不安でたまりませんでした。「大丈夫だろうか?」「生活は成り立つのか?」と何度も心配しました。でも、実際に独立してみたら、なんとかなるものです。もちろん簡単ではないけれど、心配ばかりしていた頃より、今の方がずっと心は軽いし、自由です。この実感は、もしかするとあなたの参考になるかもしれません。過去は変えられない、未来はわからないよく言われることですが、時間だけはお金で買えません。そして、過ぎた過去を変え
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定年後の収入不安を、副業の情報収集だけでは減らせない理由

副業について、もうずいぶん調べたはずなのに、不安はまったく減っていない。そんな感覚はありませんか。本を読み、動画を見て、情報収集の量は増えている。詳しくなっている実感すらある。それなのに、定年後の暮らしを想像すると、相変わらず胸のあたりがざわつく。僕自身、この感覚に長く覚えがあります。稼げそうな情報を集めれば集めるほど、なぜか安心するどころか、焦りが強くなっていく。10年以上、アフィリエイトやせどり、転売の情報を追いかけながら、この矛盾に気づかないふりをしていました。この記事では、なぜ副業の情報収集だけでは、定年後の収入不安が減らないのか、その理由と、実際に不安を減らすために必要なことを書きます。この記事で扱う範囲今日扱うのは、情報収集をやめるべきかどうかではありません。情報と不安の関係そのものです。情報を集めることと、不安が減ることは、実はまったく別の仕組みで動いています。この違いを理解しないまま情報を集め続けると、知識は増えても、気持ちは楽になりません。まず不安の正体を確認し、次になぜ情報だけでは足りないのかを見て、最後に実際に不安を減らす方法を紹介します。不安の正体は「知らないこと」だけではない定年後の収入不安というと、多くの人は「知識が足りないから不安なのだ」と考えます。だから、知識を増やせば不安は減るはずだと思い、情報収集に走ります。ところが、実際に情報を集めてみると、別の種類の不安が生まれてきます。それは、「他の人はもう始めている」「自分だけ出遅れている」という比較の不安です。副業に関する情報を集めれば集めるほど、成功している人の話や、すでに軌道に乗せている人の存在
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ゼロから始まる

ありたい自分の姿がずっと胸にあったドキドキ本気であればあるほど怖くなるちゃんと準備しなきゃ失敗しないように傷つかないようにドキドキあらゆるシミュレーションが頭の中をぐるぐる回る考えれば考えるほど一歩が出せなくなるあれから、何年経ったのだろうできなかった理由は山ほどある自分だけの人生じゃなかったからでもこのままじゃ、いやだいつか必ず来る“この世界” との別れそのときにこんな自分を後悔したくない誰かのせいにしたくない怖くても震えていてもそれでも今日という日に小さな一歩を置いてみる時が来たんだ今更なんかじゃないんだよ
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生まれた環境は、あなたが選んだ魂の道

子供の頃、両親はいつも夫婦喧嘩をしていました。 お酒を飲むと人が変わる父🥃感情を抑えられず、暴力的になる母👿そんな二人のもとで育った私は、 常に怯え、息をひそめていたように思います。 子供の時には、夢の中で何度も砂嵐の壁が四方から迫ってくる夢を見たり幼い私は、追い詰められた状態だったのかもそれません…気づきという光に触れたとき若いころは、幼い記憶を思い出すと、 胸がざわつき、嫌な記憶ばかりが蘇りました。だから、長い間その過去には蓋をしていました。でも、年を重ねるうちに いろんな体験を重ねて少しずつ視点が変わり「気づき」という光に触れたとき、 あの両親さえも、私にとって 大切な学びの存在だったのだと 思えるようになりました。 「なぜこんな家に生まれたのか?」 「どうして、愛し合えないのか??」 「幸せな家庭って、どう作るのか」 そんな問いを 何度も胸に抱えて生きてきた私。 その問いはやがて、 「私はどう生きたいのか!」 「何を信じて進むのか!」 という内なる問いへと変わっていきました。 魂が選んだ道過去の出来事や環境に 私たちは強い影響を受けます。 まるで色のついたレンズを 通して世界を見ているように。 でも、そのレンズを 外すことができるのは、 他でもない“私自身”だけ。 どんな過去があろうとも、 今ここにいる私には 新しい現実を創る力がある。 そして、その道は魂から選らんできた道✨どんな両親のもとで、どんな生活環境でどんな家族構成で、どんな容姿でそれらすべてが自分自身の魂が選んで生まれてきたとしたら…すべてが必要な体験であり、経験であり良きことも、悪しきこともすべてが尊い学び
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