「先祖になりたい」と旅立った人へ──静かに綴る、生きることと死ぬこと
お盆はゆっくり過ごせましたか?私も、お墓参りや家族へ挨拶にいき、ゆっくりと過ごせました。こういうとき、やはり家族は大切にしないとなと実感しますね。↓巨大ブロッコリーを収穫した母今日はお盆にまつわる記事をまとめました。■ 当たり前の日常は、ある日ふっと終わる実は、最近大切な人を見送りました。いつもと変わらぬ声で話し、笑い合ったあの日から、ほんの数日後、その人はこの世を旅立ちました。「若い人でも、普段元気に見える人でも、人はこんなにも急にいなくなるのか」そう思うことが、近頃本当に増えた気がします。■ あの人の願いは「先祖になりたい」という祈りだった亡くなったその人はよくこう語っていました。「私は先祖になりたい。残った人たちを守る存在になりたい」真顔でそう言っては、お念仏を静かに、でも真剣に唱えていました。その言葉に最初は少し驚きながらも、私はなんとなく笑って聞いていたのです。でも今では、その言葉の意味がずしりと重く、尊く胸に残っています。“先祖になる”という言葉は、「死を終わりにしない。見守るという役割へとつなげたい」そう願う、気高く静かな祈りだったのだと思います。■ 命は、バトンのようにつながっている「人は何のために生きるのか?」あなたも考えたことないですか??生きる意味に正解なんてないのかもしれません。でも今の私には、ひとつだけ確かに思えることがあります。それは、“命は、誰かの未来につなぐためにある”ということ。その人の存在が、言葉が、姿勢が、今も私の中に息づいています。生きるとは、自分だけのためではなく、「誰かのこれからを照らす灯り」になることなのかもしれません。■ 体は資本
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