あれから30年。阪神淡路大震災の記憶と思うこと
※内容が地震に関するものです。抵抗のある方は、読むのをお控えください。1995年1月17日、阪神淡路大震災が発生しました。
当時、私は関西に住んでいましたが、神戸から離れた地域だったため大きな被害は受けませんでした。
それでも、あの朝の出来事は今でも鮮明に覚えています。
きょうだいと子供部屋で寝ていた私。
激しい揺れで目を覚ますと、天井が大きく揺れているのが見えました。
布団の中で動けずにいると、揺れが止むや否や母が慌てて部屋に飛び込んできて、「大丈夫?」と私たちの無事を確認しました。
しかし、きょうだいは揺れにも母の声にも気づかず、ぐっすり眠ったまま。そんなきょうだいを見て、母は少し呆れたような表情を浮かべつつも、ほっとした様子でした。
後から聞いた話では、父と母の寝室ではテレビが落ちてきたそうです。
私たちの部屋でも何かが落ちていないか心配だったのだとか。
幸い、家族全員が無事で家にも大きな被害はありませんでした。
揺れが収まった後、父は仕事の準備を始めました。
その日は休日だったのですが、母は少し不安げに「お父さんはこういう時に行かなあかんお仕事やから」と言いながら見送っていました。
後に父から聞いた話では、交通網が麻痺しているだろうからと、バイクで行けるところまで行き、瓦礫に阻まれた場所ではバイクを押しながら職場を目指したそうです。
震災後、学校には新しい転校生がやってきました。
当時の私は、その子たちが被災して転校してきたことに気づきませんでしたが、後になって「震災の影響で転校してきたのだ」と知り、震災の被害が人々の生活へ深く影響を与えていたのだと感じました。
震災後
0