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ママ友に突然無視された…あの日の衝撃が忘れられないあなたへ

卒団式の日。体育館はいつもより少し華やかで、子どもたちはどこか誇らしげでした。私も「やっとここまで来たね」と胸がいっぱいになっていました。だからこそ。挨拶をしたのに、目を合わせた瞬間、スッと逸らされたあの出来事が――今でも忘れられません。聞こえていないはずはない距離。でも、返事はありませんでした。その場に立ったまま、「あれ?私、何かした?」と頭が真っ白になりました。たった数秒。でも、自分だけ空気から外れたような感覚。周りの声が急に遠くなって、足元が少しふわっとしたのを覚えています。ママ友から無視されたと感じるとき。一番苦しいのは、理由が分からないこと。怒らせた?嫌われた?何がいけなかった?答えの出ない問いを、何度も何度も繰り返してしまいます。でも。あの瞬間の衝撃は、あなたが弱いから感じたわけではありません。集団の中で“拒絶”を感じる出来事は、想像以上に心に刺さります。それだけ、あなたが真剣に関わってきた証拠でもあります。もし今も、あの日の数秒が頭から離れないなら。誰にも言えずに飲み込んできた気持ちがあるなら。静かにお話を聞きます。がんばってきたあなたが、これ以上、自分を責めなくていいように。
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私にしかできない才能 NO6-①

こんにちは。今回は、バスケの指導をしていること。また、鳥取県スポーツ少年団バスケットボール連盟を設立したことについて書いてみたいと思います。私が、バスケの指導者を始めたのは、24歳。結婚をした年でした。19から付き合っていた彼女と結婚。今の妻です。その頃、20歳から始めた飲み屋の経営も順調で、何か体を動かすことをと考えていた時、ボクシングジムが出来ました。直ぐに、入会☆「よし、体を動かそう。体力には自身がありました。」初めて、3ヶ月。ある日、近所の小学校の保護者さんが訪ねてきて、「男子ミニバスケの指導者をお願い出来ませんか?」なぜ僕?教えた経験なんか全くありませんでした。でも、面白そう・・・うちに帰り妻に相談しました。「ボクシングか、バスケか、どっちかにしたほうが良いいよ。」だよな~。結局、バスケの指導者になることにしました。それは、在籍中の指導者がほとんど出て来ない。また、試合で、勝ったことが無い。(よし、俺がなんとかしてやろう!)それだけの気持ちで、始まることになりました。まぁ、ひどいチームでした。でも、色々、子どもたちと頑張って4ヶ月で県内上位のチームになりました。そこで、2年間それなりに型が出来た頃、ある頃から休んでいた指導者が顔をだすようになりました。練習中、練習を止めて「この練習は、どんな意味があるのか」なんて、子供の聞いている眼の前で、私を馬鹿にするような問を幾度となくしてくるようになりました。丁寧に、応対していたのですが、ある日事件がおこりました。その年の新人戦で、内のチームは4年1人、あとは3年生ばかりで望みました。しかし、試合は負けたものの新聞に絶賛の記事が
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