~べき思考が招く、生きづらさ
日本の学校教育は自分を含め特に昭和世代の方はこの「~すべき」を刷り込まれて育ってきていると感じます。正解はこれだと示されそれができない子は✖その正解に従って生きるよう教育されたのでそういう考え方になって当然なのです。真面目にそのルールに従ってきた両親に育てられた子どもはまたその思考を引き継ぎやすくそのルールで生きていない人を見つけると憤りを感じやすいのも特徴です。なぜそこまで憤りを感じるのでしょうか?その理由は、自分の中にある思い込み=ルール例えば仕事とは…○○するべき・手を抜かないで一生懸命やるべき・責任感をもって取り組むべき・時間内に自分の仕事が片付いたなら 人の仕事を手伝うべきなどなど自分はこのルールに従い我慢して努力しているのにそれを破って努力もせず、マイペースでいるなんてゆるせないとなるからです。じつはこの方を苦しめているのは目の前の仕事ができない部下ではなく自分が持っている思い込みべきべきべきべき・・・なのです。もちろん、このルールは
社会生活において統制をとるためには
必要なことではあります。大切なのはそのルールが自分にとって無理のない範囲であることが重要です。誰かに不満が出てきたら振り返ってほしいのです。自分をルール(ねばならない・~すべきである)で縛りすぎていないか?能力の高い真面目な方ほどこのルールから逸れない生き方をされていて自分を縛って生きづらくなってしまってるのは本当にもったいないです。もう少しだけでいいので自分にやさしく自分に甘く自分を追い詰めないであげてください。~すべきで苦しんでいるご相談が圧倒的に多いので今日はそういう方に向けて書いてみました。
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