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成長しないのは驕りがあるから

「私はあなたより知っている」「私はこれまでやってきた」確かにそうかもしれない。けれど、そこにほんの少しでも“驕り”が混じれば、成長はその場で止まります。驕りは静かにやってきて、気づかぬうちに足元を崩していきます。自分の正しさにこだわればこだわるほど、他者の声は遠ざかり、世界は狭くなる。そのときには学ぶことをやめ、自分の声だけを反響させてしまいます。誰かに対して、ついマウントをとりたくなったときは、少しだけ立ち止まってみてください。それは、自分の価値を確認したいという無意識のサインかもしれません。でもも、しかしたらそれは、少しの不安や傷つきやすさが、かたちを変えて現れているだけかもしれません。そのことに気づくだけで、心は落ち着いていくはずです。また、「まだ求められていないのに、伝えたくなったとき」それもまた、注意すべきタイミングです。その衝動の奥には、「わかってほしい」「認められたい」という願いが隠れているかもしれません。本当に届く言葉は、相手が必要としているときに、静かに差し出されるもの。どんなに素晴らしい経験や知識でも、押しつけになれば、相手には届きません。奢りが芽生えたときこそ、自分自身を見つめ直す好機です。自分が本当は何をしたいのか、そして今、どこに立っているのか。謙虚さという道しるべを持って歩くとき、私たちはいつでも成長の道に戻ることができます。
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神つづり⛩️…煩悩のひとつ「驕り・高ぶり」について~第5回目~

こんにちは。 私は、神様の声をお届けする役目、 審神者として日々を暮らしております。 ミズノサヨリと申します。 私について下さっております神様は市杵島姫命様でございます。日々、神様から頂くありがたいお言葉を、多くの方へお届けできたらと考え、“神つづりブログ”を、時間の許す限り配信したいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。 今回は『煩悩」のひとつ『奢り・高ぶり』についてお話したいと思います。ここから先は、神つづりと致します -⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️- 神つづり⛩️… ≪驕り・高ぶり≫について 驕ること、高ぶることは、己の地位や徳を無に返す行為です。驕れる立場であるということは、上下の関係が出来ている、若しくはそれを意識する事が可能となった状態であると言えましょう。過去の自分より満足でき得る事であるかもしれません。そして、その”満足”を作り出したのは御自身であり、少なからず、忍耐や努力の積み重ねがあったことでしょう。社会は、上下関係が有るが故に秩序が保たれます。しかしそれは、個人の感情を満足させてあげる為のことであってはなりません。驕り高ぶる人は、努力の先の栄光と、虐げられ苦しんだ過去とをお持ちでしょう。故にその苦しみが恐れとなり、自らが他人に上下を付けることに縛られているのです。 上と下とに恐れを抱き、本来の使命を忘れ、恐れで感情をコントロールしている人という事です。-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️-⛩️- 次回は、 「正しいことを疑う人」についてです。 お楽しみに。
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