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ココナラの森🌳新緑さんぽ🍀60歳乙女【第58話|見えてるのに、見えてなかったあの頃👻⏳】 

こんにちは😊60歳乙女🩷のひろです。今日は、私の心の中にずっと残っていた少しだけ、昔のお話です⏳若い頃、よく思っていました。「美人に生まれてきたら、よかったなぁ」って。……正直に言うと、その気持ち、今でもちょっとだけ健在😞高校時代の友人にとても綺麗で、すごくモテる子がいました。その当時、一緒にいるのは楽しかったんです。でも気がつけば周りの視線はいつも彼女の方へ。私はその横でまるでお付きか、背景の一部みたいな存在になっていました😢男の子たちが彼女に夢中で話しかけている時、私はそこにいるのにいないみたい。「あれ?私のこと誰か見えてる👀?」おどけて見せながらも、心の中では「私は透明人間👻なんかな……」って、小さな針でチクッと刺されたような寂しさを感じていました。ひとりの女の子としてひとりの人間として「ちゃんと私を見てほしい」って、叫びたかったんだと思います。彼女が悪いわけではないんです。一緒にいて楽しかったし彼女には彼女の魅力があった。でも私は私でずっと小さく傷ついていたんやと思います。そして60歳になった今。同窓会に行くと彼女は今でもやっぱり人気者。「すごいなぁ」と思う反面、私の中にいた「あの頃の私」が、そっと顔を出します😢でもね、今の私は、あの頃とは少し違います。誰かの横にいる「背景」の私ではなくて、私として一生懸命生きてきた、積み重ねた時間⏳があるから。たくさん笑って働いて悩んで三人の息子を育て上げて泣いてまた立ち上がってきた私。今の私には「ひろがいいよ😄」って言ってくれる人がいます。気を遣わずに、心の底から笑い合える人がいます。私の話をちゃんと真っ直ぐに聞いてくれる人がいます
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そのままの私(受け入れ途中)

先日、おしゃべりセッションをしたお客様の言葉に、とても心が緩んだ。 「カウンセラーの方の前だと、素の自分が出せなさそうだったから」そう言って、私のところへ来てくださったそう。その瞬間、“そのままの私に価値がある”そう肯定してもらえた気がして、胸が熱くなった。私は昔から、劣等感の塊だった。なんだか人生がいつも中途半端な気がしていた。実際、看護短大は中退していて、持っている准看護師という肩書きにも、どこか引け目を感じ続けていた。だからいつも、条件付きの価値を求めてしまう。もっと資格があれば。もっと実績があれば。もっとちゃんとしていたら。そうやって足そうとしてきた。でも、そのたびに身体が動かなくなったり、状況が変わったりして、「目標達成しない」までがセットだった。そんな私が、自分の感覚を感じることを少しずつ覚えていく中で、“ない”ではなく、“ある”を体感できるようになった。すると、自分の内側だけじゃなく、現実の中にも”ある”が見えるようになってきた。気づけば、自分の中に一本の軸のようなものが育っていた。その頃から、昔からよく相談を受けていた「おしゃべり」が、自然とセッションという仕事になっていった。すると今度は、「カウンセラーの資格があった方がいいのかな」という気持ちが湧いてきた。 信用されたい。ちゃんとしなきゃ。仕事なんだから。 そんな思いが次々に顔を出す。でも、そのたびに心のどこかで聞こえてくる声があった。「今、求めてくれている人は、資格のある私じゃなくて、今の私なんじゃない?」 そう受け止めながらも、私は怖かった。肩書きも資格も持たずに、人と向き合うこと。何も着飾らず、防御もせ
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体の相性とは何か

体の相性とは、単なる好みや感覚的なものではありません。それは、言葉を交わさなくても自然と通じ合う感覚、一緒にいるだけで呼吸が合い、無理をしなくても心身が緩む状態を指します。人はそれぞれ固有のリズムやエネルギーを持っています。そのリズムが調和するとき、体は安心し、心は静かに開いていきます。これが「体の相性がいい」と感じる瞬間です。体は正直で、嘘をつかない頭では「合っているはず」「好きなはず」と思っていても、体が緊張したり、無意識に疲れてしまう相手もいます。逆に、特別な会話がなくても・自然に距離が近づく・触れたときに違和感がない・一緒にいると眠くなるほど安心するこうした感覚がある相手は、体のレベルで深く調和している可能性があります。体はとても正直です。無理をして合わせようとすると、必ずどこかにサインが出ます。体の相性は「慣れ」ではなく「共鳴」体の相性は、時間をかければ必ず良くなるものではありません。もちろん信頼関係によって深まることはありますが、根本にあるのはエネルギーの共鳴です。共鳴している相手とは、頑張らなくても自然体でいられます。自分を良く見せようとしなくても、受け入れられている感覚があります。それは安心感であり、体が「ここにいていい」と感じている状態です。体の相性が教えてくれるもの体の相性は、「この人と一緒にいるときの自分はどうか」を静かに教えてくれます。・自分らしくいられているか・力が抜けているか・無意識に我慢していないか体は常に、あなたにとっての真実を伝えています。それに気づくことは、自分を大切にする第一歩でもあります。まとめ体の相性とは、無理をしない関係性の中で自然に
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努力すれば愛されると思っていた

さて、、、 私はずっと職場で嫌われないように、人の文句は言わないように むしろ思ってもいなことを言ってみたり(褒め過ぎる) いい人になろうとしていたことがあります。 理由は簡単で、その方が自分が傷つかないし、仕事がやりやすいからです。 そして、仕事ができる人にも見られたいし、優秀な人だとも思われたかったのです。 だけど、本音は、たまには文句も愚痴も言いたいし、出来ないこともあるし、失敗も怖いし、人にも頼りたいし・・・ 心にずーーっと蓋をしてきたことがありました。 そんな風に感じていた時に 職員の人から衝撃の言葉を受けました。。 「いい人になろうとしていない?」 「何かこずえさんらしくないね。」と ポツリと言われたことがあり 傷ついたことが覚えています。 だって、人の文句も言わないし、良い人でいおうと努力をしているのに なぜ、私らしくないと言われなきゃいけないの? と気持ちが落ち込みました。 その夜に、夫に私ってどんなところが良いと思う?と家族ですが 一番の本音が聴けると思ったので、訪ねてみました。 「う~ん。まぁいつもカリカリしているし、イライラしているし、 抜けてるし、テキトウだし、、、天然? でも、それがいいんじゃない?そんなところがあなたの良いところでしょ?」 と上記の夫の本音は他者から見れば、文句でしょ。(苦笑)と 思うような言葉でしたが 夫はこれこそ、人間ぽい。人間らしいよ。と言うのです。 そして、会社でも「天然だね~」と言われていたことが、良い味だしているよ!と言われたことを思い出しました。 できなくて、抜けていて、ダメダメだからこそ、欠けているからこそ、人が「優し
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正しさに縛られる人ほど、実はやさしい。 でも、その“正しさ”があなたを苦しめているなら

「ちゃんとしなきゃ」「間違えたくない」「正しい選択をしなきゃ」そう思えば思うほど、動けなくなったり、疲れたりすることってありませんか。正しさに縛られる人は、だらしない人じゃない。むしろ逆で、すごく真面目で、やさしくて、責任感が強い人です。だからこそ、心の中でずっと自分を監視してしまう。「これで合ってる?」「これを言ったら嫌われる?」「もっと我慢すべき?」「ちゃんと正しい人でいられてる?」この状態は、外から見えない疲労を積み重ねます。正しさに縛られる人の“本当の悩み”は、間違いじゃない正しさを大事にする人は、基本的に悪意がありません。人を傷つけたくない。迷惑をかけたくない。自分のせいで空気を壊したくない。だから、正しさにしがみつく。でもここで起きやすいのが、「正しさ=安全」 になってしまうことです。正しくいれば叱られない。正しくいれば見捨てられない。正しくいれば嫌われない。こうして、“正しさ”が鎧になります。鎧はあなたを守ります。でも、守りすぎると息ができなくなります。いつの間にか、正しさが「自分を責める道具」になる正しさに縛られる人は、よくこうなります。・小さなミスを、人格の欠陥みたいに感じる・人の表情が曇っただけで「自分が悪い」と思う・断ることができず、疲れ切って爆発する・相手に優しくしているのに、心の中では苦しい・「こうあるべき」を守りすぎて、自分の本音が分からなくなるこの状態が続くと、正しさは“道しるべ”じゃなく、自分を追い詰める“ルール”になります。正しさに縛られる人が、心の奥で本当に欲しいものこういう人が本当は求めているのは、「正解」ではなく、安心です。・そのままの自
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正しさに縛られる人ほど、実はやさしい。 でも、その“正しさ”があなたを苦しめているなら

「ちゃんとしなきゃ」「間違えたくない」「正しい選択をしなきゃ」そう思えば思うほど、動けなくなったり、疲れたりすることってありませんか。正しさに縛られる人は、だらしない人じゃない。むしろ逆で、すごく真面目で、やさしくて、責任感が強い人です。だからこそ、心の中でずっと自分を監視してしまう。「これで合ってる?」「これを言ったら嫌われる?」「もっと我慢すべき?」「ちゃんと正しい人でいられてる?」この状態は、外から見えない疲労を積み重ねます。正しさに縛られる人の“本当の悩み”は、間違いじゃない正しさを大事にする人は、基本的に悪意がありません。人を傷つけたくない。迷惑をかけたくない。自分のせいで空気を壊したくない。だから、正しさにしがみつく。でもここで起きやすいのが、「正しさ=安全」 になってしまうことです。正しくいれば叱られない。正しくいれば見捨てられない。正しくいれば嫌われない。こうして、“正しさ”が鎧になります。鎧はあなたを守ります。でも、守りすぎると息ができなくなります。いつの間にか、正しさが「自分を責める道具」になる正しさに縛られる人は、よくこうなります。・小さなミスを、人格の欠陥みたいに感じる・人の表情が曇っただけで「自分が悪い」と思う・断ることができず、疲れ切って爆発する・相手に優しくしているのに、心の中では苦しい・「こうあるべき」を守りすぎて、自分の本音が分からなくなるこの状態が続くと、正しさは“道しるべ”じゃなく、自分を追い詰める“ルール”になります。正しさに縛られる人が、心の奥で本当に欲しいものこういう人が本当は求めているのは、「正解」ではなく、安心です。・そのままの自
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