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特攻隊

私の妻の大叔父(祖父の弟)今野勝郎さんは特別攻撃隊の一員として鹿児島県知覧にある特攻平和記念館に1036柱の特攻隊員の一柱として祀られております。彼は特攻隊が創設された初期の頃に特攻隊に志願をし日夜過酷な訓練に明け暮れたのち6機編成の武剋隊の一員となり沖縄戦に備えて長野県松本空港に飛来。整備の付け替えなどもあってしばらく浅間温泉の千代の湯に滞在。そこで彼は世田谷から疎開していた1人の少女と出会いました。彼女は勝郎さんの男らしさと優しさに接しているうちに次第に心惹かれやがて初恋の人として意識するようになります。彼もまた彼女の純真さに恋心が芽生えある日彼は彼女に「帰ったら自分のお嫁さんになってほしい」と告白します。やがて死にゆく者としてそれは適正を欠いた言動だったかもしれません。しかしながら極限状態に置かれた若者の一途さを誰も責めることなどできますまい。次回に続きます。
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時を越えて、あなたに会いに

― 第四話:知覧にて ―長い年月が流れました。戦争は遠い過去となり、人々の暮らしも大きく変わりました。田中幸子さんもまた、結婚し、家庭を築き、一人の人生を歩んでこられました。そして――ご主人を亡くされたあと。幸子さんは、鹿児島県・知覧を訪れます。特攻隊員たちの記録が残されている特攻平和記念館です。館内には、多くの隊員の遺影や名前が並び、それぞれの人生と最期が、静かに伝えられています。その中で幸子さんは、今野勝郎さんの名前と向き合います。浅間温泉で出会い、言葉を交わした一人の青年。その存在が、遠い記憶ではなく、確かにここに刻まれているという現実。それは、年月を経て初めて実感する再会でした。幸子さんは、勝郎さんの生家を訪ねたいと考え、館の係員にその所在地を尋ねます。しかし、個人情報にあたるため、教えることはできないと説明を受けます。それでも幸子さんは、事情を伝え、どうしても訪ねたいという思いを丁寧に話し続けました。その申し出を受けて、係員は勝郎さんの生家へ連絡を入れます。そして――ご家族の了承を得て、生家の住所を幸子さんに伝えることが許されました。こうして幸子さんは、初めて宮城県を訪れることになります。それは、かつて出会った一人の青年の故郷へ向かう旅の始まりでした。(つづく)
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時を越えて、あなたに会いに

― 第三話:残されたもの ―昭和二十年三月二十七日。沖縄・慶良間諸島沖にて、今野勝郎さんは、特攻として出撃し、その命を落としました。享年二十。あまりにも短い生涯でした。浅間温泉での時間から、それほど年月が経たない中での出来事でした。子どもたちと過ごした日々。言葉を交わしたひととき。それらは、そのまま過去の出来事として、静かに時の中へと沈んでいきます。戦後――人々はそれぞれの生活へ戻り、新しい時代を生きていくことになります。田中幸子さんもまた、疎開先から戻り、その後の人生を歩まれていきました。結婚し、家庭を築き、日々の暮らしの中で、戦時中の記憶は、少しずつ奥へとしまわれていきます。けれど――完全に消えることはありませんでした。浅間温泉で出会った人。交わした言葉。そして、果たされることのなかった約束。それらは、はっきりと形を持つものではなくても、確かに、心のどこかに残り続けていたのです。長い年月の中で、その記憶は、語られることも少なくなり、周囲からは見えないものとなっていきます。しかし、消えたわけではありませんでした。ただ、静かにそこに在り続けていたのです。やがて――幸子さんの人生に、大きな節目が訪れます。ご主人との永遠の別れ。長く共に歩んできた時間に、区切りがついたそのとき、心の奥にあった記憶が、再び、ゆっくりと動き始めます。それは、過去を懐かしむというだけではなく、「もう一度、確かめたい」という想いへと変わっていきました。そしてその想いが、やがて、ひとつの行動へとつながっていきます。鹿児島・知覧へ――特攻隊員たちの記憶が残る場所へと。(つづく)
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えんぴつ部隊と特攻隊

妻の大叔父、今野克郎さんは特攻隊員でした。そのことをこれから綴っていきたいと思います。
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えんぴつ部隊と特攻隊

3月27日は妻の大叔父、今野勝郎さんの命日です。昭和20年3月27日、特攻隊員・今野勝郎さんは、沖縄県慶良間列島沖で米駆逐艦に体当たりし、壮絶な戦死を遂げました。彼が所属していた「武克隊」は、特攻出撃の前、長野県の浅間温泉に滞在し、慰安と飛行機の整備を行っていました。当時、浅間温泉には、戦火を避けるために東京・世田谷から疎開してきた少年少女たちがいました。戦時中の厳しい環境の中でも、彼らは純粋な心を持ち、やがて特攻隊員たちと心を通わせるようになります。今野勝郎さんをはじめとする武克隊の若き兵士たちは、戦争という過酷な運命に向き合いながらも、束の間の時間の中で疎開児童たちと交流し、笑顔を交わし、時にはえんぴつを使って絵を描いたり、日々の思いをつづったりしました。この交流は、のちに「特攻隊とえんぴつ部隊」という絵本として描かれ、多くの人々に知られることとなります。また、数年前には「奇跡体験!アンビリーバボー」というテレビ番組でも取り上げられ、全国に放映されました。浅間温泉で過ごした日々は、特攻隊員たちにとっても、疎開していた少年少女たちにとっても、忘れがたい思い出として心に刻まれました。戦争という時代の中で交わされた、ひとときの温かな交流。その記憶は、今も語り継がれ、平和の尊さを私たちに伝え続けています。勝郎さんは、「にっこり笑って死んでいきますよ。あとの日本を頼みます。」という一文を彼らに宛てて、特攻に赴いて行きます。
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