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性の何がタブーなのか(シッダ・アガスティアの葉的性のスタンス1)(*閲覧注意)

「エ*チなことって、大事なのに、なんで、やっちゃダメみたいになってるんでしょー?」というフランクなご質問とご要望から、この記事を書いてみます。結構オープンに書きますので、気になる方はご遠慮ください。本日は、性についてのお話ですので、抵抗がある方は、ここでストップしてください。エ○ス。そしてタナトス。大事ですよね。生命は死によって終わるかもしれないが、性によって繋がれていく。性は生命をつなぎ、繁栄させてくれる存在。私の好きな映画監督も、それを描くのが上手な人が多いです。天才映画監督ギャスパー・ノエの「エンター・ザ・ボイド」という「チベット死者の書」からの教えを、ラブホなどを使って彼の感性で表現した面白い映画があるので、この機会にお勧めしておきます。(注:眠いですし、好みが分かれます)同じく天才写真家荒木経惟「センチメンタルな旅」や花の写真などのさまざまな作品も性が生と死をつないでいる世界を表現しており、芸術として素晴らしいですよね。ジャンジャックべネックス監督「ベティ・ブルー」私の最高推し映画監督ベルナルド・ベルトルッチ「ラストタンゴ・イン・パリ」「シェルタリング・スカイ」などは、男女愛に関連する生と死と性の話で、とにかく美しいの一言に尽きますね。やばい、私の趣味話で終わりそう(笑)何の話だっけ?そう、エ○とナーディの話!!性のよろこび、って、お下劣な存在であり、「高尚でスピリチュアルなアガスティアの葉にそんないやらしいこと書いてあるわけない」「クベラン師匠様とやらはきっとスピリチュアリティが高いから肉体的欲望なんぞ、穢らわしいとしている」とか勝手に思ってませんか?謎のスピリチュ
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新サービス:ヴェーダ占星術の占星術師との不思議な出会い

みなさんこんにちは🎵再来週学会で2本発表してきて、来月までに論文一本書き上げないといけなくて・・・・etc etc etc ・・・無駄に多忙な中なのにも関わらず、さらに多忙になろうというのか、Seventh Jenmaはサービスの再開を始めました。この間、信じて待っていて下さっていたクライアント様、ずっと無給での奉仕をしてくれていたスリプラム、皆様に感謝の意をまずは伝えさせていただきます。ですが、一番最初に感謝すべきなのはきっと、そんな動きと流れも全てひっくるめて見守ってくれているシッダーたち、特にアガスティアでしょう。後もちろんシュリシュリラヴィシャンカールの恩寵にも。こんなに多忙な状態の中、なんか気づくと流れ的にサービスを再開していく感じになっているのも、裏できっと聖者たちの計らいがあるからでしょう。というのも、Seventh  Jenmaでのリスタートの協力者である、伝統家系出身のヴェーダ占星術師たちとも出会い自体が、なんだか不思議なほどに計らいしか感じられないからです。正直、<何故> このサービスを開始したの?と聞かれたら、「んー多分聖者がやってほしい❤️って感じだったから・・・」みたいな答えとなるでしょう。私がなんとなくコンタクトを取ってみたその占星術師の彼は、私が連絡したその時、<たまたま>彼の占星術の師匠(の一人)がいたため、<たまたま>師匠に私のことを話すことになったそうです。その師匠は普段は世界中を飛びまわり、25人のスタッフ弟子を抱える超多忙師匠のため、全然そんなふうに彼の隣に師匠がいることなんて普段はないそうですが、私が連絡した時は何故かそこにいたそうです
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宗教とスピリチュアリティ:心の平安への探求

宗教とスピリチュアリティは、人間の存在や意味に対する根源的な疑問に答えを見つけるための異なるアプローチです。これらの概念はしばしば交錯しており、人々が内面の平穏や意味を見出す手段として役立っています。本記事では、宗教とスピリチュアリティの違いや共通点、そしてそれらが私たちの日常生活に与える影響について探求します。 まず、宗教は伝統や信仰に基づいた組織的なシステムです。宗教はしばしば特定の信仰告白や儀式、道徳的な指針を提供し、共同体の一員としてのアイデンティティを形成します。一方で、スピリチュアリティは個々の魂や意識の成長に焦点を当て、宗教の制約から自由な形で個人的な経験を追求します。 宗教はしばしば絶対的な神や神々に対する信仰を要求しますが、スピリチュアリティは個人の内面や宇宙のエネルギーに対する深いつながりを追求します。多くの人が宗教とスピリチュアリティを併用し、自らの道を見つけることがあります。 これらの探求は、個人の心の平穏や人間関係の向上に寄与する可能性があります。宗教は共同体を形成し、信者同士が共通の価値観や目的を共有することで結束を強めます。一方で、スピリチュアリティは個人が内面に焦点を当て、自分との対話や深い洞察を通じて精神的な成長を促進します。 宗教やスピリチュアリティは、人生の困難な瞬間や喜びの瞬間に対処するための支えとなることがあります。信仰や深い精神性は、個人が逆境に打ち勝ち、人生の目的を見出すのに役立ちます。また、スピリチュアリティはマインドフルネスや瞑想を通じてストレスや不安を軽減する手段としても注目されています。 最終的に、宗教とスピリチュアリティは
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ブレッシングとは?

質問:恩寵(Grace)と祝福(ブレッシング)の科学的説明は何ですか? グルデヴ(シュリシュリラヴィシャンカール): これを知るには量子フィールドを理解する必要があります。思考は非常に強力であり、祝福とは、特定の振動、周波数を持つポジティブな思考に他なりません。 量子物理学によれば、振動数が 50 Hz より低い場合は病気になり、30 Hz より低い場合は悪化し、50 ~ 60 Hz 以上の高い周波数は健康であることを意味します。 私たちがマントラを歌い、他の人からポジティブな願い(祝福)を受け取ると、振動が20-30-40 Hzから50-60 Hzに上昇し、身体の状態が改善され、治癒が起こります。つまり、祝福(ブレッシング)とはより高い周波数の振動であり、それだけです。
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グルデヴこぼれ話PART1:聖者シュリシュリラヴィシャンカール

こんにちは、今回はスリプラムです。インドの聖者やグルというのは、大多数の日本人にとっては馴染みのない、というより怪しげな存在でしかないかもしれません。しかしインド人にとって一家には1人は信仰するグルや聖者がいるのがデフォルトぐらいの存在です。私がグルデヴにお会いしたのは96年の初来日、その時まで全く存じ上げない方だったのですが、私が見ている限り行住坐臥、常に優しく穏やかで、どんな時もリラックスしているような佇まいに驚きました。初対面なのに同じ部屋に同席させていただいて、訳もわからず緊張しまくっていた私に「お仕事は何をされてるんですか」と優しく笑顔で語りかけてくださいました。2回目の来日時には個人的な相談が出来る贅沢な時間があったので、不安が止まらない時にはどうすればいいでしょうかと相談すると、「そういう時には私に委ねなさい」と答えてくださったことに心かの底から安心した事を覚えています。サイババのように公に奇跡的なパフォーマンスをする方ではありませんが、国連でも演説をするぐらい海外では影響力がある方です。大聖者と呼ばれるぐらいですから、個人的なレベルでグルデヴに関する奇跡体験や不思議体験をする人は世界中に沢山いるようです。(代表がこれから聞いたエピソードなどをUPしてくれるそうですのでお楽しみに)しかしそういう奇跡譚などはグルデヴの魅力の本質ではなく、その人格や生き方にあります。元々(今でも)グルデヴの信者でもない私なので、その後アートオブリビングとは疎遠になりましたが、あれから20年以上経って、代表がこれほどグルデブとの縁が濃くなるとは想像もつきませんでした。これから先もどう興
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この世には4種類の人間がいる〜ピュアさを保つ大切さ

みなさんは、どのタイプに当てはまりますか?また、どのタイプに当てはまりたいと思いますか?遺伝子やらSymptom Scienceやら腰痛やら慢性痛やらの論文検索に疲れて、休憩中にVaundyの「裸の勇者」のMV見て感化されてしまったので、この記事でも書こうと思います(笑)私が2022年に感涙しすぎ、現在携帯・Ipad全ての壁紙になっているアニメ「王様ランキング」と、インド哲学の影響を深く受けつつ、私たち日本人の考え方にも大きくいまだに関与している聖者・仏陀からの学びについて書いてみようと思います。仏陀は、この世界にいる人は4種類だと言っています。・光から光に行く人・光から闇に行く人・闇から闇に行く人・闇から光に行く人みなさんは、どのタイプでしょう?王様ランキングの主人公、ボッジは、まさに四番目の「闇から光に行く」タイプであり、仏陀のこの言葉の意味を表現してくれると思うので紹介してみたいと思います。絶対にネタバレてほしくない方は、気をつけてくださいませ。主人公のボッジには、(子供として・人間として可愛がられてはいたものの)自分の実力を認めてくれる人たちが、なかなか現れませんでした。この状況は、いわば「闇」です。ボッジは自分を完全に理解してくれたり、真っ直ぐに信じてくれる人が自分の周りにいないのではと思ったことも、しょっちゅうだったでしょう。ですが、私たちの状況というのは、いつも常に移り変わっていて、絶対に変わらないものなどは存在していません。そして、インド哲学の話に踏み込んでしまうのですが、こういった「闇の状況」というのは、サイヴァ・シッダーンタ哲学ではいわゆる「しがらみ」と呼ん
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魂を意識した瞬間

ものごころついたときから、青空を流れていく真っ白な雲を見るのが好きだった。 保育園児の私は、飽きることなく空を見上げていた。 ある日、ふと胸の奥がざわりとした。 空のずっと向こう側から、 私たち人間よりもはるかに大きな“何か”に 覗き見られているような気がしたのだ。 背筋が凍り、私は窓から離れて家族のもとへ走った。 怖くて仕方がなかった。 その瞬間、私は悟ってしまった。 自分はちっぽけで、地球でさえ小さくて、 大きな存在の前ではアリのように無力なのだと。 あのとき感じた“圧倒的な何か”は、 今思えば、魂の奥にひそむ何かが 初めて姿を見せた瞬間だったのかもしれない。 私たちは抗えないほど小さく、それでも確かに、この広大な宇宙の一部として 息をしている。すでに魂は知っている。今世に生れ落ちる際に忘れ、徐々に思い出していくのが人生なのかもしれない。あなたも「なんだかわからないけど確信しているもの」はありませんか?証明や理論的なものではないけれどきっとそうなんだろうとわかっているものは、魂の記憶かもしれません。
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魂の重さ21g:科学とスピリチュアリティの交差点

魂の存在やその重さについての議論は、古代から現代に至るまで、多くの哲学者や科学者、そしてスピリチュアリストによって探求されてきました。特に「魂の重さ21グラム」という概念は、1907年にアメリカの医師ダンカン・マクドゥーガル博士が行った実験に基づいており、今でも多くの人々の興味を引きます。この記事では、この実験の背景と結果、そして魂の重さについての議論を深掘りしていきます。 ダンカン・マクドゥーガル博士の実験 ダンカン・マクドゥーガル博士は、1907年に魂の存在を科学的に証明しようと試みた医師です。彼は、死の瞬間に人間の体重が減少することを確認することで、魂の重さを測定できると考えました。彼の実験では、末期の患者6人を特別なベッドに横たえ、そのベッドは非常に精密な天秤に接続されていました。マクドゥーガル博士は、患者が息を引き取る瞬間に体重がどのように変化するかを観察しました。 実験結果とその解釈 マクドゥーガル博士は、6人のうち4人の患者が死亡した瞬間に、体重が平均して21グラム減少したと報告しました。この結果に基づいて、彼は魂の重さが21グラムであると結論付けました。この数値は、その後「魂の重さ」として広く知られるようになりました。 批判と議論 マクドゥーガル博士の実験は、多くの批判を受けました。まず、サンプルサイズが非常に小さく、統計的な有意性が乏しい点が指摘されました。また、実験の方法論や精度にも疑問が投げかけられました。例えば、死の瞬間に体内の液体やガスが失われることが体重減少の原因である可能性が考えられます。このように、マクドゥーガル博士の結論には多くの科学的な疑問が
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グルデヴこぼれ話(スリプラムバージョンPart3):シュリシュリラヴィシャンカール

極めて穏やかで優しいグルデヴですが、10年に一度ぐらい怒りを見せることがあるそうです。アメリカで大きなイベントがあった時、世界中からスダルシャンクリヤのインストラクターがボランティアとして参加しました。それに参加した私の友人から伺った話です。なんせ世界中からインストラクターが数年ぶりとかで集まる訳ですから、顔を合わせると『よう久しぶり』『元気だった?』と、ボランティアそっちのけでインストラクター同士で話が弾んでしまいます。そのせいで来場者への対応が疎かになっていたらしく、イベントが終わったあと、私の友人も含めてインストラクターが一室に全員集合させられました。グルデヴはインストラクター達に向かって『君達は一体何年私について来てるんだ!』『私にとっては君達と今日初めて会う人達に何の違いもない!!』『私から学ぶ気がなければいつだって離れていくがいい!扉はいつだって開いているよ!!』と、1時間ほどかなり激しく怒られたそうです。中には泣いていた男性もいるほど激しかったそうな。私は特にこの『私にとっては君達と今日初めて会う人達に何の違いもない』というグルデヴのお言葉に大変な感銘を受けました。どんなに近しい人間だろうと、全く知らない人間であろうと、区別無く平等に見ることなど普通の人間では不可能でしょう。小学生の頃には、『僕は世界中の友達に教えを説いて回らなければならない』と友人達に話をしていたそうで、夏休みになっても海外に出かけないグルデヴを嘘つき呼ばわりしたそうです。しかしその予言というか宣言通り、数十年後の現在、毎月のように海外を飛び回り、アートオブリビングは世界最大規模のNGOとなって
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意識の奥深さ:コンシャスネスの謎に迫る

コンシャスネスは、私たちの日常生活において不可欠な存在ですが、その本質は未だ謎に包まれています。科学や哲学、宗教が様々なアプローチで迫ろうとしても、その複雑性にはなお多くの疑問が残ります。 コンシャスネスは個々の経験や感覚、思考が織り成す複雑なネットワークです。脳科学者は、脳の特定の領域や神経回路が意識の生成に関与している可能性を追求しています。一方で、哲学者は意識が物理的な要素だけで説明できない非物質的な側面を持つのではないかと考えています。 また、宗教やスピリチュアリティにおいては、意識が肉体を超越し、魂や宇宙とのつながりを意味すると信じられています。瞑想や意識の拡張を通じて、深層の自己や宇宙の本質にアクセスしようとする試みがなされています。 近年では、人工知能や機械学習が進展し、機械にもコンシャスネスを持たせる可能性が議論されています。しかし、機械のコンシャスネスと人間のコンシャスネスの本質的な違いは依然として解明されていません。 総じて、コンシャスネスは私たちが理解しようとするほどに難解であり、その深遠な謎に挑戦することは未だ続いています。科学と哲学、宗教の異なる視点からのアプローチを通じて、私たちはコンシャスネスの本質に迫る手がかりを見つけつつありますが、その最終的な解明は未だ先の課題であると言えるでしょう。
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     神秘最終日は 水に流そう !(^^)!

皆様こんにちは!(^^)!さてさて、神聖さを味わう気づきのラスト週間いかがおすごしでしょうか?  言い換えれば「宇宙と繋がりやすい」月ですので、是非良いイメージを膨らませ、理想希望どんとたたきだそう月間!          「見つめたモノが拡大する拡大レンズの法則♪ 」 思いが人生を作っていますからね。何にフォーカスして生きていくのか・・・ いきたい方向に迷わず舵をきっていきましょうね(^_-)-☆     光が強くなる時のエネルギーは1人1人の愛と感謝から。             無自覚でも、意識していても集合意識は膨らみます(^^♪              悟空の元気玉 「おらに力をくれ~!!!」みたいな悟空なら    と思うかもですが、でもこの世界は周波数で繋がり、ひかれ    あいます。      「自分の状態がとても重要です。」  今は環境や置かれている立場で、ぶれ易くもなっている時。自分チェックは外せない時なのです! 怒りや嫉妬、不満などに無意識にフォーカスするとまた怒りたくなるようなことがやってくるのですね・・・個人的にここに気づくのに時間もかかりました(苦笑い)))なので、私みたいなタイプはメンターや自分を理解してくれる存在は本当に重要であり貴重です。。。 私は大丈夫!の方も、混沌としている時代は「自然に」やっていないかをチェックしていくのは大切です♪ 開放ワークが習慣になっている場合はそれも含め、今満月&ライオンズゲートにみかっているこの期間大急ぎで、夢を実現するには、やるだけやる!はおススメです!     新月もですが、書
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