どこまで解像度高く見られるか
chatGPTもそうですし何でもそうですが、人がAといったからAではないわけですよね。批判的に考えろとAIから言われた(この言葉は一体誰がと思いますが、まあAIという人格がないのは確かですから、誰かの言葉を生成しただけともいえます)のもあるのも皮肉だなと感じつつあります。解像度とは、例えばAですよね、というとき、Aとまとめているけど、Aでないケースもあるよね、というのを踏まえて「Aですよね」といっているか。それとも本当に「Aですよね」と思っているか。このあたりは批判的読解といって話は終わりですが、これはどんなジャンルでも出来るしまた理解を高めるのでかなりオススメです。オススメってのも変ですけどね。自分が理解できないことは「ない」のだろうか僕が理解できないことは多数あります。そういうものが実社会においてないかというとそうでないわけです。例えばFXというものがあります。投資ですね。これで生計を立てる人がいることは僕は理解出来てませんが、なるほどそういう人がいてもおかしくはないという想像は可能です。理解とは、自分が出来なくても人が出来るという了解といってもいいし、想像して「なるほど」とある程度思えればそれは理解でしょう。昨今では、LGBTQなどの理解等と言われていますが、言わないだけで理解できないという人はいたりしそうです。この理解への想像というか、理解できるできないって二択ではないというか、解像度なんじゃないかってことですね。理解できないから許さないとか、理解できないから「ない」ものにする。というかそうしたいという人がいる時、その態度がまさに、その姿勢がまさに、分断というか、切り分
0