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『ロザリンド・フランクリン物語』 〜07〜

『ロザリンド・フランクリン物語』  〜07〜           81953年のNature誌でロザリンドたち英国の科学研究者らによってDNAの螺旋状の形態が予言された訳ですが、その螺旋状の形態像が『実画像』としてリアルに撮影されたのは1991年でした。ロザリンドたちの螺旋形態予言の論文発表から38年後、世界初のDNA螺旋体撮影に成功したのは日本人研究者でした。鳥取大学に導入された当時の最高性能電子走査顕微鏡によって、世界で初めてDNAの実画像としての螺旋体が撮影されたのでした。ただし、高性能電子顕微鏡があれば誰でもDNA螺旋像を撮影できるのかというと、そうではありません。設備、つまり実験装置としての高性能電子顕微鏡は最低限必要ですが、DNA螺旋体を捉えるためには “技”   が更に必要でした。核酸を螺旋撮影できる状態にもっていかなければ、DNA螺旋体の画像を得ることはできないからです。こうなると、数式や論理展開といった科学智の世界というよりも、秘伝の技、秘伝の術の世界といった方が良いようです。取得した生物の細胞から、撮影に適した状態の核酸にどうやってもっていくのか、ここが腕の見せどころで、秘技・奥義なのです。たとえ撮影成功の論文を画像と共に発表したとしても、その撮影対象となる核酸試料の準備手順の詳細が事細かく、漏れなく解説されていなければ、第二の撮影成功者は現れてこないでしょう。準備手順のキモとなる一つの作業工程が明らかとなっていなかったり、職人芸とも言える微妙な手作業が有ったりすると、当該者以外の人が同様の成功結果を得る事はできないでしょう。そこが、 技 とか 術 とか言う
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『ロザリンド・フランクリン物語』 〜05〜

『ロザリンド・フランクリン物語』           6ロザリンド&ゴスリングの論文から明確に判ることは、次のようなことです。ロザリンドの研究室では、❶核酸の結晶体を上手に作ることができました。❷幾度も幾度も結晶体を作る作業を繰り返していくうちに、 2タイプの結晶が出来上がることが判りました。❸それぞれにAタイプ、Bタイプとの名称を付けて区別しました。❹作る際の湿度条件が変わることによって、 A構造タイプとB構造タイプに2分類できることが分かりました。❺どうすれば意図的にこの2タイプの結晶体を得ることができるのか、 その現象的な事実を発見しました。ロザリンドはこれらの研究成果については公表することはなく、『非公開研究データ』としてまとめたものを『年次報告書』として 英国医学研究機構にのみ提出していましたので、2タイプの結晶体が生成されてくる現象メカニズムの謎は広く知れ渡っているものではなかったと思われますし、当時、『影たちの黒十字』写真を得ることのできるのはロザリンド研究室だけだったのではないでしょうか。ロザリンドと同じロンドン大学で同様にX線回折法で核酸研究をしていたモーリス・ウィルキンスは  “結晶体2タイプ生成”      の研究ではロザリンドの方が先を行っていると認識していた筈です。しかし、結晶体を構造解析する面ではウィルキンスのほうが螺旋構造を先に直観予測していました。『影たちの黒十字』51番写真が現実となって現れたとき、ウィルキンスはロザリンドと共同執筆で論文発表したかった筈です。ところが、ロザリンドは発表には積極的でありません。業を煮やしたウィルキンスは論
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『ロザリンド・フランクリン物語』〜04〜

『ロザリンド・フランクリン物語』           5ここで3論文のNature誌上での掲載の並び関係を確かめておく必要があります。3論文はNature誌(Vol. 171, No. 4356, April 25, 1953. 4. )の737ページから741ページにかけての5ページ誌面に3論文連続で掲載され、掲載順番は先頭(737ページ目から)を切ったのが、1. ワトソン&クリック  (WATSON, J. D. & CRICK, F. H. C. 共同執筆・ケンブリッジ大) Molecular Structure of Nucleic Acids: (核酸の分子構造) A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid; (DNA構造)中間(738ページ目から)を引き継いだのが、2. ウィルキンス&ストクス&ウィルソン (WILKINS, M. H. F., STOKES, A. R. & WILSON, H. R. 執筆・ロンドン大) Molecular Structure of Deoxypentose Nucleic Acids; (DNA分子構造) ・・・“X線回折写真“ 掲載・・・・・トリ(740ページから741ページ目まで)を取ったのが、3. ロザリンド&レイモンド・ゴスリング (FRANKLIN, R. E. & GOSLING, R. G.共同執筆・ロンドン大) Molecular Configuration in Sodium Thymonucleate,  (胸腺核酸ナトリウム塩の分子配置)
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『ロザリンド・フランクリン物語』 〜03〜

『ロザリンド・フランクリン物語』 〜03〜              4クリック&ワトソンが論文 『DNAの二重螺旋構造』を1953年4月のNature誌で発表したときロザリンドもまた一つの論文をNature誌に寄稿しています。その論文のタイトルは、『Molecular Configuration in Sodium Thymonucleate』  === 胸腺核酸ナトリウム塩の分子配置  ===  ==ゴスリング(Raymond Gosling)と共同執筆==というもので、その中で一つの写真が使われましたが、後になって、その写真は “ロザリンド51番写真”   と呼ばれるようになり、ワトソンがノーベル賞受賞6年後の述懐で「影たちの黒十字」と表現した写真に一致するものです。この事からクリック、ワトソン、ウィルキンスのノーベル賞受賞者3名は、”影たちの黒十字“ が写っている “ロザリンド51番写真” をワトソンがこっそりと見たことによってDNAの二重螺旋構造に辿り着けたと考えられるのです。1953年4月Nature誌掲載の3本の論文は以下です。どうやら、ケンブリッジ大学とロンドン大学の研究者が合同で論文3本をワンセットとして執筆・掲載したようです。1. ワトソン&クリック  (WATSON, J. D. & CRICK, F. H. C. 共同執筆・ケンブリッジ大) Molecular Structure of Nucleic Acids: (核酸の分子構造) A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid;
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 『ロザリンド・フランクリン物語』 〜01〜

『ロザリンド・フランクリン物語』         1 ロザリンド・エルシー・フランクリン (Rosalind Elsie Franklin:1920年7月25日~1958年4月16日) ロザリンド・フランクリンはユダヤ人銀行家の娘で、 6人兄弟姉妹の長女としてロンドンに生まれました。 ロザリンド・フランクリンは、科学者として成長し、フランス留学を経て、 1950年、ロンドン大学のキングス・カレッジに研究職として着任。 X線結晶学の研究生活をスタートさせます。 X線結晶学とは、研究対象とする結晶体へX線を照射し、 その物質のX線散乱パターンを逆フーリエ解析を用いて解析し、 対象とする物質の分子構造を解明していく研究分野です。 そして、彼女に与えられた研究テーマこそ、X線照射によるDNA結晶の解析だったのでした。 ロザリンドは、研究開始からおよそ1年後、 DNAには水分含有量の差によって2つのタイプ(A型とB型)が存在すること、 それを互いに区別して、結晶化する方法まで確立させます。 また、その結晶へのX線照射で生まれる散乱パターンの写真撮影にも成功しました。 そして、それらデータについては公表せずに、秘密裏に数学的解析を自力で進めていました。 3年後の1953年には、DNAの二重らせん構造の解明につながるX線回折写真の撮影にも成功しています。 1953年のある日のこと。 ケンブリッジ大学のワトソンとクリックは、このロザリンドのX線回折写真を秘かに盗み見ます。 そして、この盗み見たロザリンドのX線回折写真を元にして、 1953年、ワトソンとクリックは、Nature誌に『DNAの二重
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