第5話「沈黙の正体」
夜の空気は、昼より正直だ。昼は仕事の顔が間に入って、感情を薄めてくれる。夜はそれが剥がれて、胸の奥に残っていたものがそのまま浮かび上がる。澪は会社を出て、駅前の人波を抜けた。屋上で蒼と会ったことが、まだ身体の中に残っている。心臓の少し速い鼓動。肩の内側に残る緊張。そして、あの一言を言えたことの静かな達成感。「寂しかった」あれを言えた自分を、澪は少しだけ誇らしく思った。駅から少し離れた路地に、小さなカフェがある。昔、二人でよく寄った場所ではない。でも、なぜか今日はここがいいと思った。思い出に引っ張られない場所で話したかった。窓際の席。外の灯りがぼんやり映るガラス。コーヒーの匂い。静かな音楽。澪はスマホを伏せて深呼吸した。ほどなくして、扉のベルが鳴る。蒼が入ってくる。屋上の時より少しだけ落ち着いて見えた。でも、目の奥はまだ疲れている。その疲れは、仕事の疲れだけではない気がした。「言葉にできないものを抱えている人」の目だ。蒼は澪を見つけると、まっすぐ来た。椅子を引いて座る。その動きが、妙に丁寧だった。「ありがとう。来てくれて」澪は軽く頷いた。「昼の続き、って感じだね」蒼は苦笑した。「うん。でも、昼よりちゃんと話せる気がする」沈黙が落ちる。前ならこの沈黙が怖かった。「何か言わなきゃ」と焦って、余計な言葉を足してしまった。今日は違う。沈黙を急いで埋めなくてもいいと、澪の内側が知っていた。蒼が先に口を開いた。「聞いてほしいことがあるって言ったけど」「たぶん、澪が想像してるより、しょうもない話かもしれない」澪は首を横に振った。「しょうもない、って言ってる時点で、しょうもなくないやつだよ」蒼は
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