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コラム4 補助人工心臓って知ってますか?

心不全の末期は心臓が止まります。そして人は死を迎えます。「心臓が悪い人が亡くなる。」それは何となく最終的には受け入れざるを得ない事実として認識されているように感じます。しかし補助人工心臓を体内に植え込み、体から出たコード一本を充電器に繋げば、心臓が止まりかけていた患者さんであっても買い物に行ったり、プールで泳いだり。日本にもそのように生活をされている重症心不全の患者さんがいらっしゃいます。現在2022年8月の時点で本邦において植え込み式補助人工心臓は、心臓移植を待つ間のブリッジユースとしての保険適応しかなく、心臓移植が必要な患者さんにしか使用が認められておりません。心臓移植件数は本邦において非常に少ないため、それまでの橋渡しである補助人工心臓使用例も非常に限られているのが現状です(図)。しかし、海外には補助人工心臓を植え込んでそのまま心臓移植を待たずに、補助人工心臓とともに生活するいわゆる「Destination Therapy」も保険適応となっている国があります。日本もいずれはこの「Destination Therapy」が保険適応となる日が来るらしいです。そうなれば植え込み式補助人工心臓を使用して生きていく重症心不全患者さんが増えてくるでしょう。  ここまで読むと、「あれ?心臓だけが悪い人は死ななくなるのかな?」とも読み取れます。しかし、心臓移植ができる年齢が基本的には65歳以下に限られているように、植え込み式補助人工心臓も際限なく使用できる代物ではありません(機械だけでも数千万円、維持費も多額であるため)。基本的には①現在心臓移植を日本で待ち続けている多くの患者さん(20
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記憶は細胞に宿る

今回は「記憶」について、2011年8月20日のブログ記事を引用してみましょう。「細胞記憶」について検索したら、こんな面白い記事がヒットしました。心臓移植で転移する人格 - 記憶は細胞に宿るか SFのようなお話ですが、心臓移植されたレシピエントの趣味嗜好がドナーの影響を大きく受けるというものです。 いかなる臓器移植であろうと、移植される際にはその臓器に含まれるDNAが同時に移植されることになります。その中には移植される臓器だけに関連したわけではない、別の部位、例えば脳に関連する遺伝子も含まれているわけです。こうしたことが引き金となって、心身の変化が訪れることは、可能性として完全に否定することはできません。 細胞記憶について、私はまだ多くを語れるだけの知識を持ちません。 ブルース・リプトン「『思考』のすごい力」 第1章 細胞は知性を持っている-から引用します。 単一の細胞は,環境を通じた経験によって学習し,細胞記憶を保持することもできるが,これは細胞分裂によって次世代の細胞に受け継ぐことも可能 生物圏の中で生命が存続していくためには,協調が大事な役割を果たしているという根本的な事実異なる種の間でも遺伝子の受け渡しが起こる.これを「遺伝子の水平移動」という.他の生物が「学習した」内容を情報として手に入れることができる 生物が経験の中で学習したことは,遺伝子のなかに物質的な記憶として残る.進化にとっては,最適の“個体”の生存ではなく,最適“グループ”の生存こそが,問題になってくる命の灯を代々つないでいくために、細胞記憶があるのかもしれませんね。他の生物が「学習した」内容を情報として手に
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人の心はどこにあるのか?──脳、心臓、胸、それとも…「心はどこにあるのか?」という問いは、古代から現代まで、多くの人々が抱き続けてきた永遠のテーマです。私たちは「胸が苦しい」「心が温かくなる」といった表現をよく使いますが、実際の「心」は身体のどこに宿るのでしょうか?科学的な知見、哲学的な視点、そして一部の興味深い逸話を通して、「心」の在り処を探っていきましょう。心は脳にあるという科学的視点現代の神経科学では、「心」は脳の中にあるとされています。特に「大脳皮質」と呼ばれる部分が、人間の感情、思考、記憶、意識などを司っており、「心」の中心と考えられています。感情を処理する「扁桃体(へんとうたい)」や、意思決定や共感に関与する「前頭前皮質」など、脳のさまざまな領域が相互に作用しながら、私たちの「心」を形作っています。脳に損傷を受けた人が性格や思考パターンを変える例は、まさに「心=脳内活動」であることを裏付けています。例:脳の損傷と人格変化19世紀に鉄の棒が頭部を貫通し、前頭葉を損傷したアメリカの鉄道労働者フィニアス・ゲージのケースは有名です。事故後、彼の性格は穏やかから攻撃的に変化し、「心」が脳の機能に深く結びついていることを示した最初の事例のひとつとされています。心臓に心が宿るという考え一方で、多くの文化や宗教では、「心は胸、あるいは心臓に宿る」とされてきました。日本語でも「胸が痛む」「胸の奥がざわつく」といった表現が残っています。これは単なる比喩でしょうか?それとも、何かもっと深い意味があるのでしょうか?実は、心臓にも独自の神経系があり、「第二の脳」と呼ばれることがあります。心臓
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