「余裕ができたら誰かに優しくしたい」
「もっとお金や時間に余白ができたら、与えたい」
そんなふうに、人は“余裕のあとに与える”ものだと考えてしまいがちです。
でも、本当にそうでしょうか。
与えるという行為は、決して“余裕のある人にだけ許されたもの”ではありません。
むしろ、ほんの少しでも誰かのために心を向けることで、
自分の中にそれまでなかった“余白”が生まれることがあるのです。
たとえば、誰かに電車の席を譲ったとき。
ほんのひとこと 感謝の気持ちの「ありがとう」と声をかけたとき。
自分のことだけで手いっぱいだったのに、ふと誰かを思い出して連絡してみたとき。
そういう“ちいさな与える”を選んだ瞬間、
それまでぎゅうぎゅうに詰まっていた心に、
ふと静かな風が通るような感覚がやってくることがあります。
与えるとは、何かを失うことではなく、
「自分の一部をこの世界に差し出す」ということ。
そこに、誰かとの“関係”が生まれる。
その関係性の中に、自分の“余白”が見つかるのです。
見返りなんてなくていい。
完璧な自分でなくてもいい。
大きなものでなくていい。
ただ、今日誰かに少しだけ“自分のあたたかさ”を渡す。
それだけで、あなたの中にある閉じた扉がひとつ、そっと開かれるかもしれません。
そして、その扉の先にこそ、
人生の豊かさ⎯⎯⎯ほんとうの意味での“余裕”が待っているのです。
魂王 DaI☆
私のブログでは、
人生やエネルギーの流れについて
日々感じたことを書いています。
興味のある方は、
他の記事もゆっくり読んでみてください。
*関連ブログ
・【第4話】「時間の使い方」──命のかたちを、どう流すか|魂王 DaI⭐︎|coconalaブログ
・過去に囚われていた、あの時の自分へ送るひとりごと|魂王 DaI⭐︎|coconalaブログ
――――
下記は現在提供しているサービスの一部です。
よろしければプロフィールもみられてくださいね。
魂王 DaI⭐︎(インプラント解除専門・波動療法師)のプロフィール | ココナラ
お見積もりから提供していない【完全オーダーの施術】も承ります。
お気軽にご相談くださいませ。 ⇩⇩⇩