その自由、本当にあなたを幸せにしていますか?

その自由、本当にあなたを幸せにしていますか?

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ビジネス・マーケティング
人は誰でも、物質的にも精神的にも幸せになることを望みます。
そのために必要な生き方を選ぶのです。

そこでよく選ばれてきたのが「リベラリズム」。
個人の選択や寛容さを大切にするという、現代で重要だとされる価値観です。

ただ、この場合、「個人の自由」を重視しすぎることで、
周りの人に迷惑をかける人が往々にして現れます。
そのため、「自分勝手」「わがまま」と受け取られてしまう場面が多いのです。

しかしながら、リベラリズムの起源の「自由」は、
“何をしてもよい”ではなく、
規範の中で自らを律する力だったのです。

17世紀、ピューリタニズムが重視した自由は、「神に服従する自由」。
「外的な支配からの解放(暴政からの自由)」と
「内的な規律(信仰への服従)」がセットになっていたからです。

ところが、1970年代以降、それが大きく変容しました。
道徳・宗教・伝統・常識といった枠組みからの解放が強く主張されるようになったからです。

その結果として、目立つようになったのが、
・自分本位な判断
・強すぎる自己主張
・他人への配慮不足 です。

そうなると当然の帰結として、
この考え方で生きる人は、
社会的な役割や
他者との関係性を失っていくことになります。

しかし当人からすれば、これは本末転倒のはずです。
幸せになるためにこの価値観を選んだにもかかわらず、
結果として不幸に近づいてしまっているからです。

そこでご提案です。
もう一度、リベラリズムの原点に立ち返ってみませんか?

本来の「自由」とは、
生まれながらに与えられているものではなく、
人との関係の中で生まれてくるもの。

だからこそ、真に自由になるためには「内面的な成熟」が必要なのです。
人との関係の中で、適切な距離感を見つける力が求められるからです。

ここで少し考えてみてください。

現代のリベラリズムは、
「何かから自由になりたい」という発想に終始しています。

しかし、求めても、求めても自由は手に入りません。
なぜなら、「内的な規律」がないため
ひとつの制約から解放されても、
また別の制約が生まれるだけで、際限がないからです。

つまり、もたらされる未来は『永遠に奴隷であり続けること』。
奴隷とは、自由がなく、常に解放を求め続ける存在なのだから。
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