■悪魔のカードが出た時に思われそうなこと
この絵柄を見て思うのは、率直に何かやな感じだなというこでしょう。
これから自分(その人)に悪いことが起こるんじゃないか、もうすぐ嫌な目に
遭うんじゃないか、この先うまくいかないんじゃないか、悪魔のような誰か
(何か)が邪魔するのではないか・・・
これらの感じ方に共通するのは自分の外側、
外部から何か自分の方へ向けて、悪魔が忍び寄っているかのように、
悪いことがやってくるのではないかという見方です。
しかしカードのメッセージは、その逆です。
これは、自分(本人)の中に潜む悪魔です。
■カードのポイント
・自分の中の邪悪な面に目を向けて下さい
・自分は何も悪くない、という無知に気づいて下さい
・なぜかどうしても嫌だという気分、その感情のルーツに目を向けて下さい
・中途半端な状態、優柔不断さ、堕落した心が悪を招くと気づいて下さい
■その理由
悪魔のカードのテーマは、人は何かに魅せられている時、
何かを信じ切っている時、絶対に~という言葉を使うような時、自分の考え以
外のこと(可能性)が見えなくなっている=無知=闇に転落
ということです。悪魔が失っているのは客観性、
相対的な視点、相手の立場に立つ、相手の気持ちなどです。
つまり悪魔が表しているのは、完全なるエゴ=独りよがり、
と言い換えてもいいでしょう。
だからカードには、鎖に繋がれた人が描かれています。
それが今のあなたの状態です、ということなのです。
ドラマの中でありがちなシーンとして、
いけない恋に落ちたり、何かに魅せられたり、
何かを信じ切っている場合、
それが絶対善(良い人)であると思い込んでしまったら、
他の可能性や、客観的な視点というものが
完全に欠落してしまうことがあります。
それが悪魔のカードが発している警告です。
いい加減に目を覚ましたら!?という状態です。
しかし当人は同じところをぐるぐる回り、
なかなか目を覚ますことができない・・・
特に人に対してはその問題を指摘できるのですが、
自分のこととなると、
全く見えなくなってしまい闇に転落してしまうのです。
だから多くの場合、人は悪魔のカードが出ると、
どこかから邪悪なものがやってきて、
自分を悪の世界へ引きずり込もうとすると考え、恐怖さえ感じますが、
それがまさか自分の内面にあるものだとは、
すぐには思えないのです。
私だけは絶対に大丈夫、そんなはずがない、それが危険の兆候なのです。
■悪魔は天使である
悪魔のカードのメッセージは、
実際にあなたを悪の世界に引き込もうとしている、
もしくはすでに引き込んでいるのは、
あなた自身の価値観や思い込み、
つまりあなたの中にいる悪魔だということに気づく、
そういう視点を持ってみる必要があるということです。
盲目になっていませんか?と。
「魔が差す」という言葉がありますが、まさにそういう状態のことです。
大アルカナのカードの多くが、
もともと15世紀頃のイタリアの人生訓や教訓に
ルーツを持っていることを考えると
(実際に当時の徳目や美徳がそのままカードになっているものもある)、
悪魔が今後起こることを予告するというよりも、
自分自身を顧みるということを意図するものとしてまずは捉える方が、
リーディングをより深い部分へと導いてくれるでしょう。
もし一問一答のように、悪魔=これから悪いことが起こる、
という捉え方をしてしまえば、
その深みに至ることなく、また本人が内面を見つめることなく、
自分が変わるきっかけに気づくことなく、
無知のままでさらりと終わってしまう、
それはもったいないと思います。
タロットカードにはそれだけのポテンシャルがあるからです。
そしてカードの絵に忠実に考えてみても、
もし自分の外側から悪いことがやってくるというリーディングは、
鎖に繋がれた人間のような生き物を支配する悪魔の絵というのは、
その意味とはあまりマッチしているとは言えません。
もし多少なりとも、今後このことを含め考えるなら、
その自分の中の悪魔に向き合うことができれば、
今後起こったかもしれない悪い展開を、
食い止めることができるかもしれない、ということです。
気づかないから、向き合わないから、
悪いことが起こり得る、ということです。
赤信号が止まれだと知らずに走れば、いつか事故にあいます。
大事なことに気づかないままで走り続けるのは、
とても危険なことなのです。
それを食い止めるために、教えるために、知らせるために、
悪魔が目の前に登場してくれたのだと思うと、
悪魔を嫌がるよりも、悪魔に感謝かもしれません。
おかしな言い方ですが、悪魔に救われる、
まるで天使のような悪魔でもあるのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。