SNSを見ていると、性的な動画や写真、戦争、暴力などの投稿がたくさん出てきます。なんでこんなに増えたんだろう?と思うくらい、世界にはいろいろな災難があります。他にもひったくりや火災なども多いですね。誰かが億を稼いだとかそういうのも目に入ります。
日本国内でも増えているように思っていました。なんて物騒な世の中になったのだろうと。
でも、最近考えが変わりました。
30年前はまだスマホがありませんでした。携帯がやっと出てきた頃は画質が悪かった。今は地球の人口70億人がみんなスクープ記者のようになっています。手に取るようにアフリカや中東で起きていることがわかります。日本の行ったことのない場所の知らない夫婦の子育てや喧嘩も見ることができます。
アフリカで洪水が起きたり、飢餓でなくなる子がいるのはお気の毒に思います。中東で戦争が起きているのもお気の毒に思います。どこかの家が火事で燃えるのもお気の毒に思います。
でも増えたのではないのです。昔からあった。目に入るから増えたように思うのです。
そして、洪水で亡くなる人も、火事で亡くなる人も、それはどの時代も、どの世界でもそういうことは「ある」のです。お気の毒には思いますが「ある」のです。
そして一定の時間がすぎれば、それは記憶のどこにも残りません。そんなものです。私達人間は自分事として抱えられることに限りがあります。
だから、SNSの刺激的な投稿に一喜一憂してしまいがちな方は、あえて見ないのがいいのです。見て「ああかわいそう。」「ああ大変。日本も戦争したらどうなるの?」と不安になるよりも、見ない方がいいのです。そして、例え見たとしても3日で(いや3分で)忘れてしまうようなことなら、それは最初からなかったのと同じなのです。あなたが抱えられない事を嘆いてもしかたないのです。
仕事が忙しすぎて、SNSなどとても見ている暇がない友人に「〇〇で洪水だって。」「〇〇で戦争だって。」と言っても「へぇそうなんだ。」で終わります。見ていないから。
新聞も取っていない、スマホもできない年齢のじいさんは、今日の晩酌のアテが気になるだけで、どこかで誰かが不幸になっているのもあまり関係ないのです。
自分で抱えられる事、自分が責任を取れる範囲だけに興味を注ぎましょう。それ以外は「ある」けど見なくてよいことかもしれません。そして、それらは歴史の中で繰り返していることなのです。
戦争より平和がいいです。火事で死ぬより元気な方がいい。でも、見れば見るほど不安になります。それは「ある」かもしれないが、自分という小さな平和だけに感心を持つことは大切なことかもしれません。