よくありますよね。
「あと3日しか生きられないとしたら、何をする?」
「あと3年だったら?」
これは私達が人生の優先順位を考えるためにある軸になるものです。
あと3日だったら〇〇に会いに行こうとか。3年だったら富士山登っておきたいなとか、普段仕事でいっぱいいっぱいになっている人には見えない大切なものやことが見えてきます。
3年だったらSNSを立ち上げてみようとか思う人も多いですね。自分が何をした人なのか知ってほしい、ここに自分がいるということを知ってほしいと思うのかもしれません。
他には「墓標に何を書いてもらいたいのか?」を考える方法もあります。
本当に墓標には刻めなくても、自分の葬式でこんな人だったと話をしてもらいたい。そんな言葉が浮かんで来た時、今の自分とどれくらいやっていることや、進んでいる方向が違うのか愕然とします。
でも、やっておきたいこと、やってみたいこと、大切な人に会うことができる人や、ビデオに録画をしたり、SNSを立ち上げて死に向かう準備ができる人というのは、ある意味とても幸せな人なんです。
多くの人は、ある日突然亡くなります。
交通事故や災害や突破的な病気などで、全く予期していない日に、予期していないシチュエーションで亡くなっていくんです。
その時に「あ、あの人に会っておきたかった」と思っても遅いんです。
意識がなくなっていくその中で、私だったら「今日のパンツはかわいい方だったかな?ああ、普通のパンツだ。」なんてしょうもないことを思い浮かべて倒れるのかもしれません。それくらい突然だったりするんです。
さて、あなたは後3日だったら、後3年だったら、何をしますか?
そして本当にそれをやりますか?