『子どものハラスメント』ってなに?

『子どものハラスメント』ってなに?

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コラム
こんにちは。「子どものハラスメント研究所」です。

私たちはこれまで、学校でのトラブルや人間関係に悩む保護者の方に向けて、感情論ではなく「ロジックツリー」や「PDCA」を用いた構造的な解決や、保護者ご自身のメンタルケアの大切さをお伝えしてきました。

今日は、私たちがなぜこの活動を立ち上げ、なぜあえて『子どものハラスメント研究所』という名前にしたのか、その思いをお伝えさせていただきます。

その原点にあるのは「言葉の力」です。

1. 「いじめ」という言葉が持つ、重すぎる十字架
日本において、「いじめ」という言葉はあまりにも一般的に使われています。
しかし、この言葉の裏側には、どうしても次のようなネガティブなニュアンスがまとわりついてしまいます。

「どうしてもっと気付けなかったのか…」という親の自責の念

「自分が弱いからだ、恥ずかしいことだ」「誰にも知られたくない」「いじめられたなんて認めたくない」と、子ども自身が殻に閉じこめてしまう空気

加害児童が「ちょっとふざけただけ」「あいつも楽しんでいた」「いじめはしていない」と、ごまかす構造

学校側が大きな問題にしたくないあまり、その場のトラブルとして処理しようとする構造。特に、加害児童が言葉をごまかした途端に解決を打ち切ってしまい、事実確認をしても「意見に相違がある」として真相をうやむやにしてしまう現実

「いじめ」という言葉が使われた瞬間、被害を受けた子どもは「弱者」として固定され、声を奪われ、過去を黒く塗りつぶされてしまう。学校側は、被害児童の声よりも加害児童の曖昧な言葉を優先する。
そんな、あまりにも理不尽な構造が生まれてしまうのです。

2. 『いじめ』から『子どものハラスメント』に変える必要がある

私自身、我が子が別々の学校で同じような被害に遭うという苦しい経験をしました。その中で痛感したのは、感情だけで学校や組織にぶつかっても、まるで暖簾に腕押しのように現実が動かないという無力感でした。

だからこそ私は、これは単なる「いじめ」という残酷な言葉を被害児童に押しつけて、黙らせるものではなく、大人の組織や構造の中で起きた「子どもに対する不当な人権侵害(=ハラスメント)」なのだと、考えています。

「ハラスメント」という言葉に変えるだけで、被害を受けた子どもは「私は悪くない、これは不当な扱いを受けたんだ」と自分の尊厳を取り戻し、自分を守るための正当な権利を持つことができる。
大人が構造を冷静に見つめ直し、子どもに「声を上げていいんだ」という道しるべを示せる。私たちは、そう信じています。

3. 現実の壁と、これからの願い —— 「まずは『いじめ』から寄り添う理由」
ただ、正直に申し上げると、今の社会において「子どものハラスメント」という言葉は、私たちが独自に考えたものであり、当然ながらまだ一般的に浸透していません。

「子どものハラスメントと言われても、ピンとこない」
そう感じられる保護者の方が多いのも、痛いほどよく分かります。そして何より、今まさに苦しんでいる方、先が見えずに助けを求めている方にとっては、今の段階では「いじめ」という言葉の方が圧倒的に伝わりやすく、実際に検索する際も「いじめ」「学校」「隠蔽」などの言葉を使われるはずです。

立ちふさがる壁の前に途方に暮れている保護者様に私たちの活動を届けるためには、今の段階では「いじめ」という表現も使わなければいけない現実であることを理解しています。

だからこそ、私たちは葛藤しながらも、このように考えています。

「心の奥底では『子どものハラスメント』としての本質(人権侵害であり、子どもには守られる権利があること)をしっかりと見据えながら、まずは今困っている方、一人ひとりの痛みに寄り添うために、届けるために現段階では『いじめ』という言葉も大切に使いながら、対話を重ねていこう」と。

少しずつ、少しずつ、言葉の持つ意味や構造への意識が広がり、いつの日か「子どもたちの権利や尊厳が当たり前に守られる社会」になってほしい。そのための小さな灯台でありたい。そう願って、私たちは『子どものハラスメント研究所』と命名させていただきました。

最後に
先が見えない暗闇の中で、たった一人で学校や組織と向き合い、ボロボロになりながら戦っている保護者の皆様へ。
あなたは一人ではありません。感情に押しつぶされそうなときは、一度立ち止まって、構造を整理してみましょう。

私たちは、あなたとあなたのお子様の未来を照らす道しるべとして、いつでもここにいます。

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