いじめ問題と市議会議員~孤立した家庭の突破口~  

いじめ問題と市議会議員~孤立した家庭の突破口~  

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コラム


いじめ問題における「市議会議員」という強力な相談先


公的機関や専門窓口が機能しない中、問題の突破口を開き、親身に寄り添ってくれた市議会議員がいました。


縁もゆかりもない土地で、唯一、どうしようもない厚い壁にぶつかったのが「いじめ」でした。

学校、教育委員会、法務局、弁護士――。公的な相談窓口や専門機関の扉を叩いても、返ってくるのは「ここは話を聞くだけ、解決するところではない」「市と契約しているから受けられない」という冷たい言葉や、形式的な対応ばかりでした。保身と組織防衛の壁のなかで、一家庭が孤立無援に追い詰められていく現実があります。

なぜ、傷ついた被害児童の親が、ここまで孤軍奮闘しなくてはならないのか。理不尽さに涙が出ていたことにすら気づかなかったことは、何度もありました。

振り返ると、ただその時は、「子どもの安心した笑顔を取り戻したい」「もう、大丈夫だよ」と伝えたい一心で、がむしゃらに動き回ることしかできなかったのだと思います。

市長宛のメールや書類は、市長まで届きませんでした。

※地域の組織によって変わります。

学校や教育委員会は、少数の目撃者の話だけでは断定できないとして調査を打ち切り、第三者委員会の設置予定もなく、いじめ重大事態の申出も拒絶されました。ネットで検索して出てくるあらゆる場所に相談し、市長宛にメールや書面を送っても、管轄が教育委員会に振り分けられて対応され、市長に声を届けることすらできませんでした。

次に繋げる、市議会議員


その硬直したシステムに風穴を開けたのは、「市議会議員」という存在でした。教育担当をしている市議会議員を調べて意を決して電話をすると、すぐに連絡が入り、緊急で学校や教育委員会の課長も同席した場を設けてくれました。

しかし、そこで教育委員会の課長が口にしたのは「新しい道徳の仕組みを取り入れることになり期待できる。効果はすぐ出ないかもしれないが、3年、4年経過した時に、あのころについて実は殴ったと認めるかもしれない」という、あまりに呆れた言葉でした。その現実を目の当たりにした市議会議員は、「ここまで稚拙でひどい事になっているとは思わなかった」と大変驚いていました。

それから議員は気にかけてくれ、さまざまな提案や情報提供をしてくれました。私たちと議員が文部科学省に何度も問い合わせた結果、やがていじめ重大事態が認定されました。それはその自治体で初めての事例でした。

そしてその小さな一歩は、後に続く別の被害児童の保護者へと確実にバトンを渡すことになりました。

小さな一歩かもしれない。

被害児童として、なぜそこまでしないといけないのかと思うかもしれない。

けれど、声を上げないと何も変わらない。

私たちが声を上げ、理不尽な現実を正そうとする本当の目的は何でしょうか。

それは、目の前の子どもを守るためだけではないところにたどり着くのです。

もう、同じ思いをする子どもや保護者は、作りたくないと…

「被害児童を作らない」は、「加害児童を作らない」こと


「被害児童を作らないということは、加害児童も作らないということになる」

いじめをうやむやにせず、組織の壁を乗り越え、大人の責任を問い直すこと。それは、加害の連鎖を断ち切り、子どもたちが人間関係の中で傷つけ合わずに済む健全な社会を取り戻すための、最初の一歩なのです。

「記憶にない」という壁と、加害を防ぐ対策

いつ、我が子が加害児童になるかもしれない、被害児童になるかもしれない。

加害児童を防止することができたら、どうでしょうか?

加害児童になる兆候からみた対策について

私は、2人の子どものいじめを通じて、加害児童には共通の兆候があることに気づきました。子どもに対する嫌がらせ行為や暴行について、加害児童になる子だけが「記憶にない」と言い張るのです。実際に青あざがあっても、学校は「記憶にないなら、思い出したらあやまって」としか指導できませんでした。そして驚くことに、加害児童の保護者も「うちの子がやっていないというので、子どもの話を信じます」と返すのです。

つまり、加害児童にとって「記憶にない」という言葉が通用していました。その結果、数日後に報復の暴力に発展し、我が子は不登校に追い込まれました。

もし、「記憶にない」の時点で対策ができたらどうでしょうか。隠れて暴力を行うため目撃者はおらず、「記憶にない」と繰り返されれば、確かにそれ以上追及するのは難しいかもしれません。

言い訳が成功した、加害児童は報復で頭がいっぱいです。

私の仮説ですが、被害児童を一定期間1人にさせないように注視すればどうでしょうか。加害児童が再び暴力を行ったとき、その瞬間を目撃されて言い逃れができなくなります。

「記憶にない」が通用しない。加害児童の保護者も認めざるを得ない。

そして被害児童は、周囲が見守ってくれていることを実感できるはずです。

守るべきものを守ることで、加害の隙を遮断することができるのではないか。

「人員不足」という課題はあると思いますが、いじめの件数が最も多いのは小学校2年生がピークになっています。その理由は、感情を伝えるよりも行動に出てしまうコミュニケーション能力の未熟さがあげられていました。

つまり、低学年のいじめを理解し、対策を講じることで、加害者にならずに済む児童もいると思うのです。

あくまで、仮説ですが…いじめが起きてからの、いじめ対策ではなく、未然に防ぐ対策は可能だと思います。

2人目の議員との出会い、そして見えてきた光と影


第三者委員会が設置された後、説明されていた手順とは別の形に変更されて知らないうちに調査が開始されていました。再び教育委員会に不信感を抱いていたころ、大きな政党の県議会議員のパンフレットがポストに投函されました。教育問題に悩む方向けといった内容だったため、市議と県議では視点が違うかもしれないと思い連絡をしました。

しかし、訪ねてきた秘書官の対応は横柄でした。後日、再び訪問してきた際には別の市議会議員を同行させてきましたが、熱心に話を聞くその市議の耳元で、秘書官は「学校関係にあまり関わると先生の票に響きますよ」と助言していました。その声を耳にしながらも、その市議は「そんなこと言っている場合ではない。市でこんなことが起こっているのは問題だ」と立ち上がり、やがて議会で教育委員会の委員長に質疑応答し、市長に届けることができなかった実態を議会を通じて届けることができました。その後も、市議はフリースクールやいじめ活動を行う人たちを積極的に紹介してくれました。

市議会議員には、地元にかける底知れぬ熱量を持つ人がいる一方で、学校などの組織票を計算して引き下がる議員もいる――これが現実です。

相談先の役割、相談の目的を明確にする。


相談先として市議会議員を選ぶ場合、その役割を正しく理解する必要があります。今回のケースでは、公立の小学校と教育委員会の不適切な動きに対して、議員が事実確認の問い合わせを行ったり、必要に応じてマスコミと連携したり、市民に必要な情報を提供してくれました。市がどうあるべきか、市民がどう困っているかという観点で状況を伝えることで、お互いに前を向く力(WIN-WIN)となります。

子どものハラスメント研究所の役割

「子どものハラスメント研究所」が目指すのは、誰かを悪者にして徹底的に糾弾することではありません。

今回の場合であれば、市議会議員に相談して有効であった経験を共有し、相談の窓口の視野を広げること。
保護者自身が行動して対応する場面において、現在の状況を論理的に分析すること。誰が見ても何が問題であったのかを見極め、「だからどう動くのか」という現在地と方向性を提供すること。

市議会議員が果たすべき役割と、子どものハラスメント研究所が提供する分析・支援――それぞれが持つ機能や求めるものは異なります。


最後に

現在の「いじめ基本方針」の背景には、数々の悲劇に向き合い、声を上げ続けてこられたご遺族の絶え間ない働きかけがあります。その多大な尽力によって、今日、多くのいじめが事実として認められる道が開かれてきました。

今、学校の理解できない対応に行き止まりを感じ、途方に暮れている保護者の方々が一歩を踏み出し、どう動くかが、未来の子どもたちを守る確かな道につながっていくと私は信じています。

どうか、一人で抱え込まないでください。あなたのその勇気ある一歩は、決して無駄ではありません。暗闇の中でも我が子を想い、光を探し続けるあなたの歩みを、私は心から応援しています。


長文最後まで読んでいただきありがとうございました。



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