「本当のこと」はひとつじゃない ―是枝裕和監督の映画から考える、聴くということ。

「本当のこと」はひとつじゃない ―是枝裕和監督の映画から考える、聴くということ。

記事
コラム
私は普段、
チャットレディとして
ゲスト様のお話を聴く仕事をしています。

電話やチャットで、
色んな人の色んな人生の断片に触れる毎日です。


そんな私が好きな映画監督のひとり、
是枝裕和監督

これまで

「ワンダフルライフ」
「誰も知らない」
「花よりもなほ」
「歩いても歩いても」
「空気人形」
「奇跡」
「そして父になる」
「海街diary」
「3度目の殺人」
「万引き家族」
「ベイビーブローカー」
「怪物」

を観てきました。


今年の新作や
まだ観られていない作品もあるので、
いつか全作品を観られたら良いなと思っています(^^)


彼の作品はどれも静かで、
正直に言うと
途中でうとうとしてしまいそうになるくらい、
淡々としています(笑)。

でも
観終わったあと、じんわりと心に残り続ける。


今日はそんな是枝作品の中でも、
特に印象に残っている4本を通して、

私が仕事の中で大切にしている
「聴くこと」について書いてみたいと思います。




「ワンダフルライフ」― 人生の意味は、その人だけのもの


「ワンダフルライフ」は、
死んだ人たちが天国へ行く前に、

人生でいちばん大切な記憶をひとつだけ選ぶ、
…という不思議な設定の物語です。


これを観たとき、
「人生の意味って、他人が決めるものじゃないんだな」
としみじみ感じました。

誰かにとってはささやかな日常の一場面が、
その人にとっては
かけがえのない「すべて」だったりする。


これは
相談のお仕事にもすごく通じるところがあります。

お客様のお話を聴いていても、
「それって大したことないのでは」
と思ってしまいそうな出来事が、

その人にとっては
ものすごく大きな意味を持っていることがよくあります。


だからこそ、
聴く側が勝手に
「これは重要」「これは些細」
…と決めつけないことが、
すごく大事なんだと思うんです。



「空気人形」と「怪物」― 好きなのに、傷つけてしまう


この2本は、
私の中でどこか
「フランケンシュタイン」に近い感覚がある作品です。


「空気人形」は、
心を持ってしまったラブドールが、
誰にも本当の自分のことを
気づかれないまま孤独を抱えていく物語。


「怪物」は、
母親・先生・子どもたち
それぞれの視点から同じ出来事を描くことで、

「良かれと思ってしたこと」がすれ違いを生み、
誰も悪くないのに
傷つけ合ってしまう構造が浮かび上がってきます。


どちらの作品にも共通しているのは、

「悪意はないのに、
ただそこに存在するだけで、誰かを傷つけてしまう」
という痛みです。


フランケンシュタインの怪物も、
望まれて生まれたはずなのに、

その存在そのものが周りを恐れさせ、
孤独にしてしまう。


「好きなのに」
「大切にしたいのに」


うまく伝わらずに傷つけてしまう
…この苦しさは、
観ていて胸が締め付けられました。


お客様のお話を聴いていても、
「誰も悪くないのに、苦しい」
というケースは本当に多いです。

すれ違いも、伝わらなさも、
誰かが悪意を持ってやっていることばかりではない。


だからこそ、
「誰が悪いか」を決めつけずに、

ただ
その苦しさそのものに
耳を傾けることが必要なんだと感じます。


そして面白いのは、
この2本を並べたときに感じる空気の違いです。

是枝作品って基本的に、
小さな共同体や関係性の中で静かに完結していく
「閉塞感」があるものが多いんですが、

「怪物」だけは少し違うんです。

母親から先生へ、
先生から子どもたちへと視点が移っていくことで、
物語がどんどん外へ外へと広がっていく。

閉じた世界の痛みを描いているようで、
実は見終わったあとに
「解放感」のようなものが残る、
不思議な作品なんです。


これも、
傾聴の仕事に重ねられる気がしています。

最初はひとりの方の
「閉じた世界」に見えていた話も、

深く聴いていくうちに、
実はその奥に
色んな人の視点や事情が
絡み合っていたことに気づく瞬間がある。


「怪物」という作品の構成そのものが、

"聴くことで世界が開けていく"
プロセスを描いているようにも思えるんです。



「万引き家族」― 血のつながりより、そこにある関係性


「万引き家族」は、
血の繋がりのない人たちが、
寄せ集まって「家族」として暮らしていく物語です。


法律上の家族ではない。
世間から見れば「普通」ではない形かもしれない。

でも、
そこにある関係性は確かに本物で、
お互いを想い合う気持ちにも嘘はない。


このお仕事をしていても、
似たようなことをよく感じます。

私とお客様は、
血も繋がっていないし、
家族でも友人でもない。

でも、
電話やチャットの向こうで交わされる言葉には、
確かな温かさがあることがあります。


「形」がどうであれ、
その瞬間に生まれる関係性には、
ちゃんと意味があるんだと思わせてくれる作品です。



聴くということは、「正しさ」を決めつけないこと


こうして4本の作品を振り返ってみると、
是枝監督の映画には
ある共通点があるように思います。

それは、
「本当のこと」がひとつじゃないということ。


*人生の意味は、その人だけのもの (ワンダフルライフ)

*誰も悪くないのに生まれる痛みがある (空気人形・怪物)

*血縁がなくても、そこにある関係性は本物 (万引き家族)


私が日々のお仕事で大切にしているのも、
まさにこれなんです。


お客様のお話を聴くとき、
「客観的に見た正しさ」よりも、
「その人にとっての真実」を大事にしたい。


言葉にならない部分、
うまく説明できない苦しさ、
誰にも言えなかった気持ち

…そういうものを、
決めつけずにそのまま受け止めることが、
私にできる
一番大切なことなんじゃないかと思っています。



もし今、
誰にも言えない気持ちを抱えていたり、

「これって話すほどのことじゃないかも」
…と思っていることがあったら、
遠慮なく聴かせてください。


あなたにとっての
「本当のこと」を、
そのまま大切に聴かせていただきたいです(#^^#)

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